TYPE-MOON展 奈須きのこ本棚の小説 約160冊全レビュー(前編)

 2019年末から2020年8月まで行われた「TYPE-MOONFate/stay night -15年の軌跡-」の展示企画の一つ、奈須きのこの仕事場にあるデスクやパソコン・本棚をイメージ再現した「Kinoko Nasu's WORK SPACE」にある本の中から、『魔法使いの夜』完成以前、つまり1996年12月以前の小説を抜き出して(可能な限りきのこ作品にこじつけながら)読んだもの。

 『魔法使いの夜』以前のものかどうかは作品の初出年月日ではなく本棚に収録されている物の年月日で判断している(例えば『ウロボロスの基礎論』は初出が1995年だけど本棚に置かれている講談社ノベルス版は1997年出版だからカウント外とか)けど、一部故意に無視しているものもあり。

 

 レビューは基本的に作品概要→個人的な感想→きのこ作品ネタの三段構成。その作品のネタバレになる部分は伏せ字にしたつもりだけど、多少内容が染み出している部分はあるかも。

 きのこ作品の方のネタバレは基本的に素通しだけど、『月姫』『まほよ』のネタバレについては同人版『月姫』未プレイの人とかコンシューマ版『まほよ』発売待ちしてる人が読んでくれる可能性も考慮して申し訳程度に伏せている。

 

 一応『まほよ』から『Fate/stay night』発売(2004年1月)までの約50冊で中編、残りの約50冊で後編の全3回でやっていくつもりだけど、『月姫』発売(2000年12月)までで一度刻んで全4回になったり、途中でぶん投げたりする可能性も高い。

 『月姫R』前編発売に備えて『哲学者の密室』『絡新婦の理』を読むために2021年6月に『バイバイ、エンジェル』『姑獲鳥の夏』を読み始めたのがこの記事の始まりなので、50冊読むのに1年かかってますからね。残りの100冊読み終わる頃にはもう後編が発売しているかもしれない。

 

 漫画やそれ以外の本については別記事に書いてあるのでそちらをどうぞ。

 抜けてる本が存在する可能性はかなりあると思うので、知ってる方いれば教えていただけるとありがたいです。そのうち読みます。逆に「この本、実際は本棚に置いてなかったよ」とかの可能性も全然ある。

 

 

 

 

綾辻行人 

 インタビューで「奈須きのこに影響を与えた作家は誰か」みたいな質問が出た時、あげられる名前はわりとその時々によって変わっているけど、綾辻行人が抜けたことって存在しない気がする(綾辻行人に次いで笠井潔菊地秀行がレギュラー、追加メンバーとして京極夏彦島田荘司竹本健治あたりがその時時で入ってくる印象)。

 代表作の館シリーズは『Fate/hollow ataraxia』でも「無人館の殺人」「双子館の殺人」ってサブタイトルでオマージュされている。

 本棚には『十角館の殺人』『暗黒館の殺人』『びっくり館の殺人』『Another』が置いてあるけど、前述の評価の割に館シリーズが9作中3作、非館の『Another』含めても4作しかないのはちょっと不思議。

 初めて買ったノベルスということで思い入れがある*1らしい『迷路館の殺人』も、館シリーズより好き*2らしい『霧越邸殺人事件』も置いてないし。

 矢吹駆シリーズと百鬼夜行シリーズとS&Mシリーズは既刊全作、御手洗潔シリーズは17作、竹本健治は14作とか置いてあるのに……。

 ちなみに本棚に置いていない作品の中だと、『霧越邸殺人事件』でシンクロニシティについて「ある事柄を真実だと思う人数が一定の数に達すると、それは万人にとっても真実となる」みたいな話が出るのがテクスチャの設定に、『水車館の殺人』で幼い頃から館の中で軟禁されて育てられた少女の復讐の話をするのが『月姫』にちょっと似ている気がする。

 

十角館の殺人

 十角形の奇妙な館が建つ孤島・角島を大学ミステリ研の七人が訪れた。館を建てた建築家・中村青司は、半年前に炎上した青屋敷で焼死したという。やがて学生たちを襲う連続殺人。ミステリ史上最大級の、驚愕の結末が読者を待ち受ける! '87年の刊行以来、多くの読者に衝撃を与え続けた名作が新装改訂版で登場。

 初出は1987年9月に出版された講談社ノベルス版だけど、本棚にあるのは2007年10月に出た講談社文庫の新装改訂版(らしい)。ただし奈須きのこは旧講談社文庫版を1991年に読んでいるらしいのでこの記事に含めている。

 探偵役の島田潔が建築家・中村青司の設計した建物で起きる事件を解決する館シリーズの第1作。無人島に建てられた「十角館」を舞台にした孤島もの。

 

 個人的な感想は「初めて読んだ時めちゃくちゃ面白かったし間違いなく名作だと思うけど、再読してもなぁ……」みたいな奴になっちゃうけど、もしまだ読んだことない人がいたら新装改訂版で読むのがオススメ。

 旧版と新装改訂版、某所以外は何が違うのかよくわからないけど、某所の違いがデカすぎるので。

 今回再読して結構びっくりしたのが島田潔がなんの役にも立っていないことなんだけど、まぁ作中で描写されていないだけでラスト犯人のもとに来ている時点で真相に気づいている……んだよな?

 

 「奈須きのこを象る10の構成因子」の1つとして挙げられていたり*3、「Kinoko Nasu's Pick UP」としてきのこ本棚内作品ベスト3にも選ばれていたり*4する、奈須きのこが初めて読んだミステリ小説。

 それまで「伝奇アクションを書く媒体として漫画の方が小説より優れているんじゃないか?」という疑念を持っていた奈須きのこがこの作品を読んで文章でしかできない表現があると知り、伝奇とミステリの融合を目指すようになった……という流れはインタビューで散々語られている。

 あと、今気づいたけど新装改訂版、表紙のドクロの顔がついた月がちょっとフラットスナークっぽくない?

 旧文庫版『十角館』が原作版『まほよ』に影響を与えるならともかく、新装改訂版『十角館』がゲーム版『まほよ』に影響を与えることなんてないだろ……とは思うけど、一応『まほよ』開発開始が2007年*5、シナリオがあがったのが2009年*6らしいから時期的には合わなくもない……。

 

有栖川有栖 

 綾辻行人笠井潔京極夏彦竹本健治島田荘司なんかはインタビューでよく名前を見るけど、有栖川有栖は一度も見た覚えないので本棚に入ってるの意外と言えば意外だし、まぁあの年代のミステリオタクなら読んでいて当然だろうという気もする。

 ただ、きのこのミステリ志向って『十角館』みたいなド派手なトリックに対してかと思ってたので、こういう地味なロジック作品も好きだったんだなぁみたいな気持ちはある。

 本棚には代表作・学生アリスシリーズのうち、1作目と2作目だけが置かれている。

 学生アリスというか有栖川有栖で一番人気あるのって間違いなく3作目『双頭の悪魔』なので、『月光ゲーム』『孤島パズル』があって『双頭の悪魔』がないのはかなり不思議。きのこ本棚、ある本がなんであるのかもそうだけど、ない本がなんでないのかも気になる。

 

『月光ゲーム Yの悲劇'88』

 夏合宿のために矢吹山のキャンプ場へやってきた英都大学推理小説研究会の面々――江神部長や有栖川有栖らの一行を、予想だにしない事態が待ち構えていた。矢吹山が噴火し、偶然一緒になった三グループの学生たちは、一瞬にして陸の孤島と化したキャンプ場に閉じ込められてしまったのだ。その極限状況の中、まるで月の魔力に誘われでもしたように出没する殺人鬼。その魔の手にかかり、ひとり、またひとりとキャンプ仲間が殺されていく……。いったい犯人は誰なのか? そして、現場に遺されたYの意味するものは何? 平成のエラリー・クイーン有栖川有栖の記念すべきデビュー長編。

 初出は1989年1月に出版された単行本だけど、本棚にあるのは1994年7月の創元推理文庫版。

 大学生・有栖川有栖をワトソン役、江神二郎を探偵役とした学生アリスシリーズの第1作目。エラリー・クイーン風のロジックミステリで、ダイイングメッセージを扱っているのが特徴。

 

 登場人物がやたら多くて全然覚えられないが、別に無意味に多いわけではないというか、被害者もあんまり覚えてないのでそこがダイイングメッセージに関わってくるっていう構造は結構好き。

 あと作者の意図では全く無いんだろうけど、アリスが主人公でマリアがヒロインっていうシリーズの基本構造を知った上で読むと「この理代ってキャラが犯人? それとも死ぬのか?」みたいなミスリードが生まれてしまいそうなのはちょっと面白い気がする。

 まぁ僕は理代彼氏持ちオチを覚えていたせいで青春パートが全部茶番にしか見えなくて読んでてめちゃくちゃ困りましたが……。

 

 きのこ作品への影響は……一応タイトル通り月の光が持つ魔力みたいなのがちょくちょく話に出てくるけど、『月姫』って月のパワーみたいな話全然しないしな……せいぜいロアの足首復活が満月じゃないと出来なかったくらい?

 あとは久遠寺有珠と有栖川有栖で同じアリスとか思いつかなくもないけど、これは絶対に関係ない。


『孤島パズル』

 英都大学推理小説研究会に新風を吹き込んだ彼女(マリア)が「伯父の別荘へ行かない?」と誘った孤島の夏。メインテーマは宝捜し(パズル)。みごと解ければ推理研の面目躍如、波涛を越えて時価数億円のダイヤが眠る嘉敷島へやってきた江神二郎とアリスは、楽しむ間もなく起こった事件に巻き込まれてしまう。毎年同じころ島に会する人々に密やかな翳りが根ざしているのか、南国の陽光と青い海、降るような星空を背景に幕間のない悲劇が進行していく。――ここにパズルがある。どうかあなたの手でこの小宇宙に秩序をもたらしていただきたい――〈読者への挑戦〉が興を添え、青き春を謳うロマンティシズムが錦上に花を敷く、極上の本格ミステリ

 初出は1989年7月に出版された単行本だけど、本棚にあるのは1996年8月の創元推理文庫版。

 学生アリスシリーズ第2作目で、今回のサブテーマは暗号(パズル)ものといったところ。この作品からヒロインの有馬麻里亜が登場する。

 

 『月光ゲーム』の青春パートの茶番感がすごかったのに比べると今作の方は読んでて素直に楽しい(比較対象に問題がある)。

 今回10年以上ぶりに読んで、事件とか犯人とかトリックとかは全部忘れてたのに中原中也のシーンなんかは普通に覚えてたからね。

 ただ青春小説としてはこちらの圧勝だけどミステリ小説としては『月光ゲーム』の方が好きだったかも。殺人事件はいくつか起こるけど、その中で犯人特定のロジックに必要な事件が1つしかない(特に密室殺人が不要)のにちょっと座りの悪さを感じる。逆にそのシンプルさが好きって人も全然いる部分だと思うけど。

 

 きのこ作品要素としては、江神部長が犯人へ言うセリフ、「自分自身という目撃者からはどうしても逃れられない」が『まほよ』青子の「生きてく上で一番の観客っていうのはね、他ならぬ自分自身なのよ」っぽい……というのはさすがに無理があるか?

 

 

笠井潔

 推理小説作家かつ伝奇小説作家。本棚には推理小説の代表作・矢吹駆シリーズが前日譚『熾天使の夏』を除いて全作置かれている。

 代表作としては他に伝奇小説『ヴァンパイヤー戦争』(武内社長が表紙描いてた奴)なんかもあるけど本棚には置かれていない。まぁこの本棚、影響が散々公言されてる菊地秀行ですら1冊しかないくらい伝奇もの自体が置いてないんだけど。

 矢吹駆以外の推理小説だと飛鳥井シリーズ3作目『魔』だけあるんだけど、人気作品でもなんでもなさそうなので何故あるのか全然わからない。読めばわかるのか?

 きのこが『哲学者の密室』を読んだことで『空の境界』『月姫』が生まれたというエピソードはあまりにも有名。ただこのエピソードの初出って多分笠井潔本人との対談中で、それ以前のインタビューだと影響を受けた作家として名前が出てくるの竹本健治島田荘司京極夏彦綾辻行人あたりだけな気がする(漢話月姫とか)ので、僕は「これもしかしてリップサービスで適当言っただけじゃない?」と少しだけ疑っている。

 月厨的には「講談社ノベルス版『空の境界』の解説でなんかよくわかんないこと書いてた人」みたいなイメージもある。下巻はまだいいとして、上巻は奈須きのことも『空の境界』とも本当に何も関係ないんだよな、あれ……。


『バイバイ、エンジェル』

 ピレネーの旧家デュ・ラブナン家のイヴォンは、スペイン戦争の際レジスタンスに参加し、失踪する。同家の小作人、ジョゼフ・ラルースはイヴォンと行動を共にするが、単独で帰国後、イヴォンから山を贈与されたと主張し、そこに鉱脈が発見されたため裕福となった。二十年後、死んだはずのイヴォンから手紙が届き、裁きが行なわれるだろうと無気味な予告をしてくる。それが現実となって、ジョゼフの次女オデットの首を切り取られた惨殺死体が発見される……。司法警察のモガール警視の娘ナディアと不思議な日本人青年矢吹駆は真相究明を競い合う。日本の推理文壇に新しい1頁を書き加えた、笠井潔のデビュー長編。

 初出は1979年7月に出た単行本だけど、本棚にあるのは1995年5月の創元推理文庫版。

 フランスの大学生ナディア・モガールをワトソン役、現象学を実践する青年・矢吹駆を探偵役とした推理小説・矢吹駆シリーズの第1作。

 

 このシリーズ、事件を解くための最重要ポイントを矢吹駆がなんの根拠もなく把握する本質直感推理システムと、その矢吹駆が実在の哲学者をモデルにしたキャラとする思想バトルの両輪が楽しい作品なんだけど、どちらの要素もこの1作目の時点では控えめ。

 個人的には真犯人のキャラが印象的な作品。今回十数年ぶりに読んだんだけど、ストーリーや事件の内容、トリックは完全に忘れてたのに真犯人が誰だったのかだけ完璧に覚えていた。

 ちなみにきのこの初読時の感想は「完璧に張り巡らされた伏線の糸と、最後の紅茶の味を思い浮かべた」*7らしいんだけど、最後に飲んでるのって紅茶じゃなくてコーヒーじゃないか……? あとそんなに伏線でシビれるような小説じゃなくない……?

 

 きのこ作品に影響を与えていそうな要素は特に感じない。強いて言うなら「無能な警察をバカにする名探偵」に批判的な矢吹駆のセリフが『空の境界』第6章「忘却録音」の鮮花に似てるけど……。

 どうでもいい所だと『歌月十夜』のイベント名としてタイトルが引用されている(「夜~バイバイ、エンジェル」)。レンがバイバイするイベントってだけで内容的には全く関係ない。あとゲーム中一度しか登場しないイベントなのでプレイヤーがイベント名を確認する機会がほぼない。


『サマー・アポカリプス』

 ラルース家事件の傷心を癒しきれないナディアは、炎暑のパリで見えざる敵の銃弾を受けたカケルに同行し南仏地方を訪れる。風光を愛でる暇もなく、心惹かれる青年と過ごす夏期休暇は、ヨハネ黙示録を主題とした連続殺人の真相究明行へと一変する。二度殺された死体、見立て、古城の密室殺人、秘宝伝説、いわくある過去……絢爛に鏤められたモチーフの数々が異端カタリ派の聖地というカンヴァスに描き出されるとき、本格探偵小説の饗応は、時空を超えて読む者を陶酔の彼岸へ誘わずにはいない。口笛が〈大地の歌〉を奏で、二重底に隠された最後のからくりを闡明する瞬間まで、探偵の座を明け渡す矢吹駆。その真意はいずこに?

 初出は1981年10月に出た単行本だけど、本棚にあるのは1996年3月の創元推理文庫版。

 矢吹駆シリーズの第2作目。矢吹駆の背景設定が明かされ、宿敵ニコライ・イリイチが登場、実在する思想家をモデルにした登場人物(今回はシモーヌ・ヴェイユをモデルにしたシモーヌリュミエール)と矢吹駆が議論する定番シーンのスタートなどシリーズの土台となっている巻。

 

 事前情報として「矢吹駆シリーズは順番に読まないとめちゃくちゃネタバレされる」って話だけ知ってたんだけど、実際読んでみたらネタバレの方法が「登場人物が前回のあらすじ感覚で前作の結末や犯人の正体を全部喋る」だったの直接的すぎてびっくりした。

 一応トリックというか本質直感的に一番重要な部分「なぜ犯人は首を切ったのか」の意味だけは喋らないので推理小説としてのコアは守っているとも言えるけど……。

 

 前作と同じく余り露骨にきのこ作品に影響を与えている部分は感じないけど、強いて言うならキリスト教の異端審問に関する説明が聖堂教会や埋葬機関になってる可能性はあるかもしれない。

 あとはアポカリプスの語源を説明する時にミステールって単語が出てくるのが『空の境界』5章のミステールのくだりに影響を与えている可能性もある……かも……。


『薔薇の女』

 フィリップ・モリスをひとつ――紙幣と共に差し出された名刺が、映画女優を夢みるシルヴィーに運命の訪れを告げていた。ささやかな贅沢で祝したその夜更け、自室の扉を叩く音に応じた彼女に賦与された未来は、あろうことか首なし屍体となって薔薇の散り敷く血の海に横たわることだった……。そして翌週には両腕を失った第二の、翌々週には両脚を奪われた第三の犠牲者が。明らかに同一犯人と見做される状況にも拘らず、生前の被害者たちに殺害されるに足る共通項を探しあぐね混乱するパリ警視庁。事件を統べる糸〈ドミニク・フランス〉を紡ぎ出してみせる矢吹駆の、鮮やぐ現象学的推理が織り成す、真相という名の意匠とは?

 初出は1983年3月に出た単行本だけど、本棚にあるのは1996年6月の創元推理文庫版。

 矢吹駆シリーズの第3作目。今回登場する思想家はジョルジュ・バタイユをモデルにしたジョルジュ・ルノワール。矢吹駆初期三部作の最終作で、シリーズはこの後9年ほど停止することになる。

 

 僕は矢吹駆シリーズを推理小説としてよりもむしろ思想バトル小説として読んでいるので、この作品にはちょっと不満があって……具体的に言うとジョルジュ・ルノワールがどうでもいいんだよな。

 この作品で矢吹駆と思想バトルすべきだった人間はどう考えてもジョルジュじゃなくて生前解脱者ジルベールなんだけど……。

 

 きのこ的にはわりと直接的な影響を感じる作品で、殺人衝動を抑えられない連続殺人鬼とか、その殺人鬼を心配して尾行する登場人物とかの雰囲気が『空の境界』2章「殺人考察(前)」に似ている。両性具有人(アンドロギュヌス)がモチーフになっている所とか犯人の中に存在する二面性とかも両儀式っぽいけどこれはちょっと穿ち過ぎだろうか。

 ラストシーンが「零時よ。カケル。新しい年だわ」で終わるのは多分『魔法使いの夜』の「おめでとう、蒼崎」「新しい年だ」の元ネタ。年越しを祝うだけならわりとありがちというか、本棚の中だけでも『御手洗潔の挨拶』「数字錠」が同じような終わり方してるけど、「新しい年」って言葉選びはなかなか被らないだろう。

 あとはバートリ・エルジェベト伯爵夫人への言及があるけど流石にこれは関係ないか、エリザベートネタなら明らかに後述の『アトポス』の方が扱い大きいし。『サマー・アポカリプス』にマダム・ブラヴァツキーの名前が出てきたりするのに比べたらきのこ鯖な分だけワンチャンくらいはあるかもしれないけど……。


『哲学者の密室』

 パリの財閥邸「森屋敷」で、殺人事件が発生。現場は自殺としか考えられない「三重密室」だった…。事件の源は、三十年前のナチス・ドイツのコフカ収容所の惨虐事件にあった…。謎の日本青年・矢吹駆の推理が冴える。奇想天外の「三重密室」に挑戦する本格ミステリー。

 初出は1992年8月に出た単行本で、本棚にはその単行本と1996年7月のカッパ・ノベルス版(上巻のみ)、1999年3月の光文社文庫版の3つが置いてある。さすがに『月姫』『空の境界』に影響を与えた作品だけあってめちゃくちゃ思い入れがあるらしい。

 矢吹駆シリーズの第4作目。今回の思想家はマルティン・ハイデッカーとエマニュエル・レヴィナスをモデルにしたマルティン・ハルバッハとエマニュエル・ガドナス

 

 先にも言ったけど、きのこが高校時代に考えて凍結されていた「死の線が見える快楽殺人鬼と吸血鬼」のプロットを復活させ『空の境界』『月姫』へ繋がるきっかけになった作品として有名。

 まぁ……正直読んでみても何でこれから『空の境界』ができたのかよくわからなかったんだけど……。

 いや、わかる、多分わかるよ。『空の境界』の言う「人は、一生に一人しか人間を殺せない」ってセリフ、要は『哲学者の密室』の言う「特権的な死」を与えられるのが1人だけって話をしてるってことなんでしょ?

 でも『哲学者の密室』って別にそういう話じゃなくない!? 死そのものに意味はない、特権的な死なんて夢想にすぎないって話をしていると思ったんだけど……。もしも当時のきのこがこれを読んで「つまり特権的な死を与えられるなら殺人は正当化されるんだな!」とか思っていたとしたら、逆転の発想としか言いようがない。

 まぁきのこがインタビューで語っている「○○に影響を受けて○○を書いた」が余人には理解しづらいのは別にこれに限った話じゃない(「『クララ白書』に影響を受けて『空の境界』6章を書いた」とか)のでそれはいいとして。

 それ以外の影響だと、ハルバッハ哲学で言う「万物の根源であり、人間もまたそれから生じたとする、神秘的な存在」が根源(「 」)っぽいような、そうでもないような……。 

 シエル先輩がロアのことを「死を先駆けている」って形容するのは多分ハルバッハ哲学(というかハイデッカー哲学)のフレーズが元ネタだけど、表現が同じなだけで哲学としての意味は全く関係ない。

 あとはジークフリートと悪竜ファーフナーがメインモチーフになっているけど……ジークフリートってきのこ鯖なのか? 違うとは思うんだけど、「設定制作:TYPE-MOON」表記が謎すぎていまいち断言できない。

 

 

加納朋子

『いちばん初めにあった海』

 引っ越しのために部屋を片付けていた千波は、読んだ覚えのない一冊の本を見つける。ページをめくると、未開封の手紙が挟まっていた。差出人はYUKI。そこには、「わたしも人を殺したことがある」と書かれていた。YUKIって誰? 私は人を殺したの? 千波の過去の記憶を巡る旅が始まった。切なくも温かな真実が明らかになる感動のミステリー。

 本棚に置いてあるのは1996年8月に出た単行本。

 あらすじにもある表題作「いちばん初めにあった海」の他、虐待児童とその母親をメインにした「化石の樹」も併録されたミステリ小説中編集。

 

 いや……ミステリ小説なのかこれ? 強いて言うなら作中人物が「フッフッフッ、あれが伏線だったんだけど気が付かなかった?」とか作中人物相手にマウントとってくるあたりに辛うじてミステリ要素を感じなくもなかった。

 個人的には特に刺さらない小説だった(「暗い過去のトラウマを背負っているかと思っていたが勘違いだとわかったので解消されたわ」ってオチ、暗い過去そのものをなんも解決してなくない?という気持ちがある)し、きのこ作品にこじつけられる要素も思いつかなかったけど、作者の代表作でも何でもなさそうなこれが一冊だけ本棚に置いてあるあたり、きのこ的にはなんらかの思い入れがありそうではある。

 加納朋子から一冊選ぶなら普通デビュー作の『ななつのこ』でしょ(これだけタイトルは知ってた)。 

 

 

京極夏彦 

 本棚には代表作・百鬼夜行シリーズ(京極堂シリーズ)の本編作品が1作目『姑獲鳥の夏』から最新作『邪魅の雫』まですべて置かれている。

 奈須きのこいわく「影響があるというよりもう神様」*8、「別次元の神様」*9。ただし後者のインタビューでは「自分の芸を確立した後に現れた作家なので影響を受けているのは骨格ではなく肉付けの部分」とも言っていて、菊地秀行綾辻行人笠井潔の方が受けた影響は大きいという扱いらしい。

 もっとも、一読者としては骨格なんて「叙述トリックを使ってるかどうか」くらいわかりやすくなければ見えない部分なんで、京極夏彦による肉付けの方が影響大きく見えたりもするんだけど……。

 

姑獲鳥の夏

 本格が民俗学を超越。反ミステリーの極致!古書店を営む傍ら、憑物落とし専門の神主も務める京極堂主人に「妊娠20ヶ月の妻を残して、密室から失踪した男を探して欲しい」という奇怪な依頼が持ち込まれた。

 初出は1994年9月に出た講談社ノベルス版で、本棚にはその講談社ノベルス版と2003年8月に出た愛蔵版が置いてある。これもかなりのお気に入り作品であることが伺える。

 探偵役・京極堂中禅寺秋彦)による憑物落としを描くミステリ小説、京極堂シリーズ(百鬼夜行シリーズ)の第1作目。

 

 読む前は「タネ全部知った状態で読み直すのめちゃくちゃかったるいな……」くらいに思ってたし、実際かったるい部分はあったんだけど、読み始めたらめっちゃスイスイ進んでしまった。

 まず冒頭100ページくらいの京極堂うんちくパートが面白すぎる。もちろん憑き物落としパートも面白い。というか京極堂が喋ってればだいたい面白い。

 そもそも「初読時の記憶は面白さ以外ほとんど残っていないけどネタバレは完全に覚えている」っていう状態で読むとあまりにも伏線がわかりやすすぎて(というか登場人物が明らかに答えをそのまま喋っている)「えっこれ僕は初読時普通に騙されてたんだっけ……?」って感じに困惑できるの、まぁこれはこれで面白い読書体験だったような気もする。

 

 同人時代の『空の境界』『月姫』はいかにも若書きって感じでそれ以後の作品に比べて明らかにインプットとアウトプットの間にある変換が甘いっていうか、きのこの好きだった作品がかなりそのまま出てくる感じがあるんだけど、その中でも京極堂は特に露骨。

 クリティカルなネタバレになるので伏せ字にすると、『姑獲鳥』で言えば「姉妹の笑っている方と笑っていない方の取り違え」「幼い頃から陵辱を受けていた姉の方」「ダチュラで行動をコントロール」あたり。

 あとはどうでもいいところで言うと『空の境界』の「数式の式です」「式神の式か」は京極堂の「式神というのは式に人格を与えた時の呼び方です。(中略)数式の式と同じです」が元ネタかもしれない。

 呪いをシステマチックに解体する所は『歌月十夜』の「宵待閑話」に似ているけど、こちらが「文脈を共有する集団内でのコミュニケーション」、「宵待閑話」が「特定のスイッチを押してると爆発する地雷」なので説明的には完全に別物か。

 もしかしたら久遠寺有珠の名前の由来は久遠寺涼子かもしれないけど、キャラ的にかぶっている部分がまったくないからどうかな……。無理やり結びつけるなら久遠寺涼子が死ぬのがショックすぎて主人公がすんでのところで久遠寺有珠を助ける話を書いたみたいなパターンもあるかもしれないけど。

 あと逆に原作版『魔法使いの夜』だと有珠が橙子さんに殺されてた可能性とかもちょっと考えてる。原作版橙子さん「相当に嫌なキャラ」*10だったらしいのに実際のゲームでは特にヘイト要素感じないので、そこで差が生まれてるんじゃないか、みたいな。

 

魍魎の匣

 ミステリ・ルネッサンスの到達点!前作『姑獲鳥の夏』でミステリ界の蒙をひらいた著者の第2作。前作から2ヶ月後、作家関口が出会った「匣」にまつわる奇妙なバラバラ殺人。京極堂は何を見るか?

 初出は1995年1月に出た講談社ノベルス版で、本棚にはその講談社ノベルス版と2004年1月に出た愛蔵版が置いてある。

 百鬼夜行シリーズ第2作。大量の警官が警護している中で起きた誘拐事件、連続バラバラ殺人事件、魍魎を封じるという怪しげな新興宗教の3つの要素が複雑に絡み合っていく。

 

 『姑獲鳥の夏』同様、講談社ノベルス版と愛蔵版の2冊収録されている上、TYPE-MOON展図録では「Kinoko Nasu's Pick UP」として本棚内作品ベスト3にも選ばれている。きのこ的にはこの作品がベスト京極夏彦なのかもしれない(一般的な評価も多分そう)。

 『姑獲鳥の夏』が「話の筋はだいたい覚えてるけど枝葉のうんちくパートとかは全然覚えていないので読み直せばちゃんと面白い」みたいな感じだったのに比べて、こちらはまず話の筋をあんまり覚えていなかったので更に面白かった。

 『姑獲鳥』『鉄鼠』みたいな殺人事件1個しか起こらないタイプは流石に十数年ぶりに読んでも犯人とか事件の構造をだいたい覚えてるんだけど、『魍魎』『狂骨』『絡新婦』みたいな事件がいっぱい起こるタイプはいい感じに記憶が揮発してくれていた。10年後とかに読んでもまた忘れてそう。

 

 きのこ作品として一番ストレートなネタは『Fate/hollow ataraxia』のミミック遠坂(きのこが書いてる*11)に出てくる「ほう」「匣の中には綺麗な娘がぴつたり入つてゐた」パロディなんだけどまぁそれは置いておいて。

 『空の境界』とは共通するセリフがあって、「脳みそは肉体抜きで生きられるかどうか?」というところ。

 もっとも結論部分が『魍魎の匣』では「脳を機械につないでも機械の意識が生まれるだけ」、『空の境界』では「脳だけの状況に適応した新しい人格を造らなきゃいけない」と続くので方向性は違うと言えば違う。

 あと『空の境界』で言えば楠本君枝の家論(いつも同じ場所にあり、その中には家族がいて、そして中にいる限り外敵から自分達を護ってくれる、暖かく、且つ堅牢な砦)に嚥条巴の鍵論への影響を感じるようなそうでもないような。

 もっと言うと榎木津の「これ、僕の」が『まほよ』の有珠の「これ、わたしのだから」に似ている気がしたが……。


狂骨の夢

 話題沸騰の京極夏彦、読者渇望の第3長編!「いさま屋」が耳にはさんだ不思議な出来事を調べるため、悩める前衛私小説作家関口は逗子を彷徨う。惑乱の末、解決を求めて尋ねた京極堂の主は彼に何を教える?

 本棚には1995年5月に出た講談社ノベルス版が収録されている。

 百鬼夜行シリーズ第3作。記憶喪失の女が語る夫殺しの懺悔に、海岸で目撃された金色髑髏の事件、海中で目撃された生首の事件、山中で起きた集団自殺事件などが複雑に絡み合っていく。

 

 講談社ノベルス版→講談社文庫版の間でかなり加筆修正がされている(らしい、文庫版しか読んだことない)ので、どうしても奈須きのこと同じものが読みたいなら講談社ノベルス版を読むのも面白いかもしれない。作品としての出来は文庫版の方が明らかに上だと思うけど。

 『姑獲鳥の夏』『魍魎の匣』にあった愛蔵版がこちらにはないので「あっ『狂骨の夢』、きのこ内で一段落ちる扱いなんだな……」みたいなのが心なしか透けて見えなくもないけど、僕は『魍魎』よりこっちのほうが好き。伊佐間が好きだから……この小説を最初に読んだの確か中学生頃だったと思うけど、その頃からずっと好き。

 

 この作品のわりとクリティカルなネタバレ「真言密教立川流」は殺生院キアラのバックボーンに関わってたりもするけど、まぁ『月姫』『空の境界』に比べれば割と近年の作品だし、そもそも『狂骨の夢』抜きでも普通に有名な奴なのであまり関係はない気もする。

 というかアレの元ネタは夢枕獏魔獣狩り』シリーズあたりじゃないかと思うんだよな。魔性菩薩いるし、精神ダイブ万色悠滞も似てるし。

 あとは宗像民江と玄霧皐月の「人間の顔の区別がつかないので周りから抜けてる人間扱いされてる」って設定もちょっと似ている。原因は全然違うけど。

 

鉄鼠の檻

 待望の書下ろし第4作いよいよ発売!!'94年9月の初登場以来、その衝撃はミステリ界を越え小説界全体に及んだ。次作にも読者からの問い合わせが殺到。内容を明かす事はできないが期待は裏切らない。

 本棚には1996年1月に出た講談社ノベルス版が収録されている。

 百鬼夜行シリーズ第4作。山中の禅寺で起きる連続殺人事件について描かれる(どうでもいいけど上述のあらすじびっくりするくらい何も言ってないなこれ……というかあらすじではない)。

 

 これも「拙僧」が誰なのかと殺人の動機、後は鈴子仁如の関係あたりほぼ覚えてたんだけど、京極堂禅宗の歴史の話とかしてるだけで楽しいので厚さの割にはスイスイ読める。

 80年代から90年代前半くらいの推理小説を読んでいるとちょくちょく「うんちくがつまらなくて長い上に必要ない……」「うんちくは話に必要だけどつまらなくて長い……」って感じになったけど、京極堂はうんちくが長くて面白くて話に必須だからすごい。そりゃこんな面白小説売れまくるわという感じになる。

 

 きのこ的には『姑獲鳥』『魍魎』くらいストレートなネタはないけど、細々したものはいくつか。

 人類の集合的無意識をアラヤって呼ぶのはこの作品が元ネタ……かも。ただ『鉄鼠の檻』の言及だと「阿頼耶識集合的無意識に比するなんてのは、大いなる勘違いだと僕は思う」ってガッツリ否定されているので、流石にこれを元ネタにはしなくないかという気持ちもある。あくまで京極堂が持論として否定しているだけで「阿頼耶識集合的無意識と比定する人間がいる」までは事実だと思えばありえないとも言えないけど……。

 同じシーンのセリフで「『織』は要するに(中略)境界みたいなものだ」「その心自体も空であると考える。(中略)――これが『唯識論』だね」とかの解説も『空の境界』感がある。

 「拙僧は中身なき伽藍堂。ならば拙僧は結界自体なり!」あたりのセリフは『空の境界』の小川マンション(結界名・奉納殿六十四層)が荒耶宗蓮の体内かつ太極図の伽藍なことにちょっと似ている。

 あとは「契機に何があろうとも(中略)尊公の信ずるもの自体が間違っている訳がない」あたりのセリフはちょっと衛宮士郎っぽい。もしくは『MELTY BLOOD』の「ワラキアの夜っていう吸血鬼の発端には、何の悪意もなかったって信じてもいい」とか。

 『Fate/EXTRA CCC』の「人の心の動き、魂の反応は通常の観測方法では脳波の上下で処理されるもの」あたりもこの作品を下敷きにしてそう。


『絡新婦の理』

 レギュラーメンバー総出演。超絶の第5弾!巷に横行する殺人鬼「目潰し魔」を捜索する刑事、木場修太郎は、かつての知人が事件に関係しているらしい事を知る。併発する事件の中心に存在している人物とは!?

 本棚には1996年11月に出た講談社ノベルス版が収録されている。

 百鬼夜行シリーズ第5作。房総半島の名家・織作家の跡継ぎ問題を中心にし、目潰し魔と絞殺魔による殺人事件、女子校内での集団売春組織が複雑に絡み合っていく。

 

 この作品は話が本当に複雑で、織作三姉妹のおおまかなキャラと蜘蛛が誰だったのかくらいしか覚えてなかったのでその分楽しかった。

 織作三姉妹が全員ベクトルが違いつつ魅力的なのがいいんだよな。個人的に一番好きなのはぱっと見は神秘的な美少女なのに実際の中身は女子中学生相応だった織作碧なんだけど(同じ学院の生徒には超越的に振る舞えても警察が介入するとボロボロになるところがいい)、半陰陽ではなく両性具有だった織作葵もいいし、もちろん蜘蛛だった織作茜もいい。

 

 きのこ作品への影響としては大きく2つあって、1つ目は「キリスト教系全寮制女子校で売春、淫行教師、妊娠」あたりの舞台設定。『空の境界』6章「忘却録音」の礼園女学院はまぁ多分この作品の聖ベルナール女学院から来ている。

 あとは『歌月十夜』の「宵待閑話」で学校の七不思議や屋上からの飛び降り自殺が出てくるのもこれが元ネタかもしれない(後述の『眠れる森の惨劇』にも似たようなのは出てくるけど……)。

 2つ目は言わずもがな蜘蛛。「些細な操作ですべてをコントロールしていた黒幕(薬学の知識あり)」、みたいな

 まぁ今思うとそこまで似ていないような気もする(自走する犯罪システムを組み上げた蜘蛛身内をコントロールしてただけの琥珀さん、やってることのスケールがかなり違うし……)けど、一応歌月十夜』のクイズ(「――――さて、わたしは誰でしょう?」)の誤答選択肢に「クモ」が用意されているとかもあるし。

 あとは強いて言うなら一家全滅を目的にしているところとか、目的のために暗躍していたもののそれはそうとして本心では普通に悲しんでいるみたいな心情が近いと言えば近いかなぁ。

 『絡新婦の理』では黒幕が蜘蛛、操られている駒が傀儡に比喩されていたけど、月姫』では黒幕の琥珀さんが人形、操られている秋葉が蜘蛛に比喩されている逆転は狙ってやっているならちょっと面白いがどうだろうか。

 

 

島田荘司

 本棚には御手洗潔シリーズが17作置かれている。

 島田荘司作品って世評だと御手洗潔シリーズ初期の『占星術』『斜め屋敷』『異邦の騎士』と、御手洗潔に並ぶ代表作・吉敷竹史シリーズの『奇想、天を動かす』あたりに人気が集中してるイメージなんだけど、本棚にはわりと最近(といっても2013年)の『星籠の海』まで含めて置かれていて現役で追っかけている感じが伺える。

 吉敷竹史は一冊も置かれていない辺り、島田荘司のファンというより御手洗潔のファンなのかもしれない。

 

占星術殺人事件

 星座に従い、六人の処女の肉体から必要な各部をとり、完成美をもつ「女」を合成する、という不気味な遺言状。そして一ヵ月後、六人の女性が行方不明となり、日本各地からバラバラ死体で発見された…。奇想天外な構想、驚くべき大トリックと猟奇殺人の真相! 名探偵・御手洗潔のデビュー作として、平成「本格」時代招聘の先駆となった、記念碑的名作!

 初出は1981年12月に出た単行本だが、本棚に収録されているのは1990年11月の光文社文庫版(多分)。

 普通の青年・石岡和己をワトソン役、(この頃は)占星術師だった御手洗潔を探偵役とするミステリ小説で、御手洗潔シリーズの第1作目。40年以上前に起きた「アゾート殺人事件」の謎を御手洗潔が解決する。

 

 これは間違いなく名作だけど、かなり歪な構造の作品で……。具体的に言うと、460ページ(文庫版)中140ページの時点でトリックと犯人がすべてわかるように書かれている。補足説明入れても必要なのは200ページまで。

 解決編が始まるのは350ページとかなんだけど、じゃあ間の150ページ何やってるのかって言ったら京都観光と明治村観光なんだよな……。

 そしてそういう変な要素がトリックの凄さで全部帳消しになる名作でもある。

 きのこ初読時の感想は「その過酷さ、人生のままならなさに涙した」らしい*12んだけど、これそんな泣ける話だったかな……?

 

 きのこ作品が受けた影響はほとんどない気がするけど、強いて言うなら人形師による人形論とか出てくる。


『斜め屋敷の犯罪』

 日本の最北端、北海道宗谷岬オホーツク海を見下ろす高台の上に、斜めに傾けて建てられた奇妙な西洋館があった。この「流氷館」の主・浜本幸三郎はクリスマスの夜、客を招待してパーティを開く。が、その聖夜に密室殺人が…。そしてまた血の惨劇が! 奇妙な連続密室殺人に挑む名探偵・御手洗潔の長編本格推理の傑作。

 初出は1982年11月に出た講談社ノベルス版だが、本棚に収録されているのは1989年1月の光文社文庫版(多分)。

 御手洗潔シリーズ第2作。故意に5度ほど傾けて建てられた「流氷館」(通称「斜め屋敷」)で起きた密室殺人事件について描かれる。

 

 これもまぁ、トリックが作品の99%を占めてるみたいな作品なのでトリックパクる以外で影響の受けようがなくない?

 一応『占星術』に続いて人形のうんちくが出てくるけど、まぁ関係ない。


御手洗潔の挨拶』

 名探偵御手洗潔,四つの不可能犯罪に挑戦!嵐の夜マンションの11階から消えた男が13分後,高架線の上で電車にひかれた.しかも首には絞め殺された跡.男は死んでから全力疾走で現場へ向ったというのか

 初出は1987年10月に出た単行本だが、本棚に収録されているのは1989年12月の講談ノベルス版。

 御手洗潔シリーズ第3作。「数字錠」「疾走する死者」「紫電改研究保存会」「ギリシャの犬」の4編が収録された短編集。

 

 これは……特に書くことないな……前後の長編『占星術』『斜め屋敷』『異邦の騎士』が傑作揃いなのに比べて内容的にも小粒だし。

 どうでもいいけど「数字錠」の読者をバカにしてんのかってくらいアレなトリック(というほどのものでもないが)はさすがにどうかと思う。1980年代の日本人はアレに普通に騙されていたのか……?


『異邦の騎士』

 「俺は愛する妻と子を殺した男なのか!?」――記憶を失った彼の過去が浮かび上がるにつれ、さまざまな断片的“事実”は、ある凄絶な犯罪を差し示す。20歳(はたち)になったばかりの女との幸せな生活にしのびよる魔手。緊張と恐怖が最高潮に達したとき、彼は自分と同じ顔の男に出会う! 彼を救えるのは御手洗潔ただ1人!

 初出は1988年4月に出た単行本だが、本棚に収録されているのは1990年11月の講談ノベルス版。

 御手洗潔シリーズ第4作。恋人と幸福な生活を送っていた記憶喪失の男のもとに断片的な過去の記憶が這い寄ってきて……という感じの内容の……恋愛小説? ミステリではないような気はする。

 

 以前読んだのは文庫版完全改訂版だったので、今回は一応きのこ本棚によせて旧版の方を(文庫版だけど)読んでみて、軽く読み比べとかもしてみたけどまぁそこまで変わってる感じでもないので好きな方を読めば良さそう。『空の境界』のノベルス版と講談社文庫版くらいの違いかな。

 この本棚の収録作品、ミステリ系の奴は読んだことある奴ちょくちょくあったんだけど、まぁ何分読んだのが10年以上前の話だったので内容一切覚えてない作品も結構あって……そういう奴はよくも悪くもニュートラルに楽しめたんで何も問題はなかった。

 問題なのは『十角館の殺人』『占星術殺人事件』『姑獲鳥の夏』『すべてがFになる』あたりのあまりにも名作すぎてトリックを完璧に覚えていた奴で、マジでもうネタ完璧に覚えているのにきのこ本棚に入っているというだけの理由で再読しなければならない(別にならなくはない)のがそこそこストレスだったりしたわけ。

 『異邦の騎士』もゴリゴリの名作なのでトリックはもちろん完璧に覚えていて、最初はかったるいなーくらいに思いながら読み始めたんだけど、あまりにも名作すぎるせいで最終的にはめちゃくちゃポロポロ泣かされてしまった。

 何気に奈須きのこ島田荘司って作家性がかなり近い気がする。

 

 きのこ作品への影響としては、『空の境界』『月姫』に出てくる「記憶とは脳が行なう銘記、保存、再生、再認の四つのシステム」という薀蓄の元ネタ。再生と再認ってどうも医学的には同じものというかバリエーションみたいな感じっぽいので、この作品を完全に真に受けてる。しかも2回も……。

 あとは「何だ、どこにも悪人はいないじゃないか、ということを考えた。それなのにこんな恐ろしい計画が画策され、悲劇が起こる」のくだりとか、『月姫』の「誰が悪かったわけでもないんだ。俺も、秋葉も、シキも、琥珀さんも」に似ている、ような……さすがにこれは無理があるか……? そんなんありならさだまさしの「人間って哀しいね だってみんなやさしい それが傷つけあってかばいあって」も似てるって言えるだろ。

 もっと言えば未来視能力のせいで現在に無気力になってしまった主人公……みたいなくだりに『未来福音』っぽさを感じなくもないけど、これはまぁさすがに……。

 

御手洗潔のダンス』

 人間は空を飛べるはずだ、と日頃主張していた幻想画家が、4階にあるアトリエから奇声と共に姿を消した。そして4日目、彼は地上20メートルの電線上で死体となっていた。しかも黒い背広姿、両腕を大きく拡げ、正に空飛ぶポーズで!画家に何が起きたのか?名探偵御手洗潔が奇想の中で躍動する快作集。

 初出は1990年7月に出た単行本だが、本棚に収録されているのは1992年8月の講談ノベルス版。

 御手洗潔シリーズ第5作。「山高帽のイカロス」「ある騎士の物語」「舞踏病」「近況報告」の4編が収録された短編集。

 

 このあたりから御手洗潔の設定が占星術師から「『占星術殺人事件』のころたまたま占星術にはまっていた人」になっていく。

 内容的には正直可もなく不可もなくという感じで特に書くこともないんだけど、「近況報告」は読むとある意味びっくりするのである意味おすすめ。「えっこれ何!?」みたいな感じになる。

 

 大学時代に奈須きのこが初めて読んだ御手洗潔作品がこれで、『御手洗潔のダンス』→『御手洗潔の挨拶』と逆順で読んだことでシリーズものを順番バラバラに読む面白さを知り、『FGO』1.5部のプレイ順バラバラシステムにつながった*13らしい。いやあれ、システム的にバラバラにプレイできると言われても、本当に順番バラバラにプレイしている人間を一度も見たことないんだけど……。

 まぁなので、奈須きのこと同じ気持ちを味わいたいならあえて『ダンス』→『挨拶』の順番で読んでみるのも面白いかもしれない。御手洗潔シリーズは普通に出版順で『占星術』『斜め屋敷』『挨拶』『異邦の騎士』『ダンス』と読むのが一番いいと思うので、特にオススメはしませんが……。

 

暗闇坂の人喰いの木』

 名探偵・御手洗潔の推理が冴える最新長編.江戸時代処刑場であった横浜の暗闇坂.そこには人を喰うという言う伝えのある樹齢2千年の楠の木と洋館があった.洋館で起こった殺人事件と人喰いの木の謎とは?

 本棚に置いてあるのは1990年10月に出た単行本。

 御手洗潔シリーズ第6作。シリーズヒロイン?となる松崎レオナ初登場作品。

 

 解説によれば1993年に出たノベルス版以降は大幅に加筆修正されて1章分追加されているらしいので、どうしても奈須きのこと同じものが読みたいなら単行本を読んだ方がいいのかもしれない。単行本と旧講談社文庫版をぱっと見比べた感じだと13章「ジェイムズ・ペイン」の冒頭くらいしか加筆シーンないように見えたけど。

 正直この作品、わりとどうかと思うというか、ぶっちゃけトリックが「疾走する死者」とほぼ同じじゃない?っていうのが最大の感想なんだよな。

 あとミステリ部分とは関係ないオチがまんま水車館の殺人なのもどうかと思う。

 「御手洗潔作品、まぁ『占星術』『斜め屋敷』『異邦の騎士』読んでおけば十分でしょ」っていう風潮の根源を完全に理解したわ。おどろおどろしい雰囲気とか巨人の家あたりはよかったけど……。

 

 きのこ作品と関係ある要素は……強いて言うなら『Fate/hollow ataraxia』に「首吊り木の人喰いの坂!」ってセリフが出てくるとか。『hollow』にはサブライターも参加しているけど、アーチャーが正義の味方論を語ったりする内容だしまぁパロディ元ネタ傾向を考えても多分きのこシナリオ。


『水晶のピラミッド』 

 空中高くに出現した密室で溺れ死んだ実業家……アメリカ南部の孤島に屹立する人工のピラミッドに起こる不可能犯罪の謎!

 死者は、上体を奇妙な具合にそらせ、右手を前方に、左手を後方に伸ばし、今まさに、クロールで水を掻いているところのように、双方を微妙に彎曲させていた。死因は、なんと溺死だった。それも、三十数メートル眼下の海水を内臓いっぱいに飲まされ、絶命していたのである。――本文より                                                                              

 本棚においてあるのは1991年9月に出た単行本。

 御手洗潔シリーズ第7作。『暗闇坂』に引き続いて松崎レオナが登場し、レオナ三部作の2作目といった雰囲気の作品。

 

 これは……殺人事件パートが始まるまでに200ページかかるのがちょっとどうかと思う。「殺人が始まるまで200ページ」じゃないの。最初の200ページずっとタイタニック号が沈没するまでの話と古代ピラミッド王家の内輪もめの話しててマジで殺人事件とは関係ないの。

 というかこの話、別になくてもいいと思うんだよな……。石岡くんがエジプト旅行中に指輪拾ったとか、ミラクルをミクルと聞き間違えたとか、そういう思い出を材料に創作したでっちあげパートだと思うし。他の作品だと過去エピソードは基本的に誰かの手記を読んでる形で挿入されるのにこれは何もないし。タイタニックの中にアヌビス頭の謎の怪人とか実在するわけないし。

 僕はこれ、だいぶ変な読み方をしてしまって、具体的に言うとピラミッド=ポンプ説ってネタバレを見てしまってそれがマジネタだと信じ込んだ上で読んでしまったんだけど、それがこの小説を読む上でプラスだったのかマイナスだったのかはいまいちよくわからない。

 

 きのこ作品にこじつけられそうな要素は特に思いつかない。

 強いて言うならピラミッドうんちくでマヤ・アステカ文明についてちょっと触れてるけど本当にちょっとだけだし、ラムセス2世とかバビロンの空中庭園とかも別にきのこと関係ない。


『眩暈』

 あれから12年。今、“新・占星術殺人事件”誕生!「占星術殺人事件」を愛読する青年の異様な行動。彼が目撃する世界の終焉。荒涼たる光景。切断され、合成された後よみがえる両性具有者!

 あっ!と叫んでいた。あの部屋に、2つの死体があって、今ぼくを待っている。加鳥さんの死体がひとつ。そして、香織さんも、もう死んだだろう。だから、女の死体がひとつ、男の死体がひとつ。石岡和己の「占星術殺人事件」が実験できるじゃないか!香織さんがいつか言っていた。もし私が死んだら、アゾートの頭にしてねって。あの時は冗談でああ言ったのだけれど、でもとうとうその機会がやってきたじゃないか。ぼくは、わくわくしてしまった。――本文より

 本棚に置いてあるのは1992年9月に出た単行本。

 御手洗潔シリーズ第8作。次作『アトポス』は石岡くんが出番なし、その次の『龍臥亭事件』では御手洗が海外へ移住して石岡くんとのコンビを解消しているので、ある意味御手洗・石岡コンビの最終作と言えなくもない(その後も日本時代の話は普通にやるけど)。

 

 前2作はどうもピンと来なかったのでこれはちゃんと面白くてよかった。でもマンション絡みのトリックが明らかにバレバレなのはちょっとどうかとも思う。手記絡みのトリックの方はよかったのに……(後者も子供だから腕が短いあたりである程度察しはついたけど)。

 渦の右回り左回りとかはまぁこの作品が書かれた当時は目新しかったのかもしれないが今はバレバレだし、4階が隠されてるのはあんなにヒント出されたら普通にわかっちゃうでしょ! 松村賢策が4階に迷い込むくだりとか伏線通り越してもはやただの答えだし……。

 

 きのこ作品というか、ピンポイントに『空の境界』への影響を感じる一作。

 具体的に言うと6章「忘却録音」で玄霧皐月が使ってる「人間は自分自身と握手することはできない」っていうレトリックとじゃそのまま出てくる。

 5章「矛盾螺旋と同じくギミック付きマンションが主題になってたりもする。

 あとは「五体満足のぼくに、何も解るわけはないさ」のくだりが臙条と黒桐がやってた「僕は幸福な家に生まれて幸福に育った人間だ」のやりとりにちょっと似ている気がする。

 『空の境界』以外だと 同じデザインのマンションが2つあるというトリックは双子館(『hollow』)にも似ているかなぁ。


『アトポス』

 御手洗潔シリーズ1400枚書き下ろし作品

 17世紀の吸血鬼が嬰児の生き血を求め、現代に蘇った!?

 ハリウッド、トランシルヴァニア死海……。時間と空間を超えてその影をちらつかせる者の正体は何か?私には解るんです。私には、もしかすると何かがとり憑きはじめているのかもしれない。遠い昔に死んだ吸血鬼とか、悪い女の悪霊です……本文より

 本棚に置いてあるのは1993年10月に出た単行本。

 御手洗潔シリーズ第9作。死海近郊で映画『サロメ』の撮影中にレオナが巻き込まれた殺人事件を御手洗が解決する、レオナ三部作の第3作目。

 

 エリザベート・バートリが大きく扱われた作品で、具体的に言うとエリザべートが結婚してから破滅する(上に吸血鬼として復活する)までを描いた作中作が冒頭200ページくらいひたすら続く。

 『水晶のピラミッド』のタイタニック古代エジプトパートに比べれば殺人事件との関連性は一応あるとはいえ、まぁ五十歩百歩かな……。小説としては極限状態での人間の尊厳とか書かれてるこっちの方が面白いとは思う。

 メイン部分の殺人事件はさすがにちょっとトリックがバレバレすぎると思うんだけど……回転する建物はまぁいいとしてセットが倒れて死体が突き刺さった方のトリック、あれ読んでて気が付かない人間って存在するのか……?

 

 『Fate/EXTRA CCC』のエリザベートは結婚前の人格という設定なので描写時期は全く被ってないし、貞淑観念についてとか解釈が違う部分もあるけど、エリザベートをとにかく頭が悪くて無知で愚かな女として描いた所は似ているような気もする。

 エリザベート以外だとブラド・ツェペシュにもちょっと触れてる。エリザベートと親戚みたいな話、ものの本とかにはあんま書いてなさそうな雰囲気なので案外これが種本かもしれない。

 キリスト教を反吸血鬼団体として定義してるのとかもちょっと面白いけど、この作品では嫌いな理由の根拠に聖書の記述を置いたりしてるのに、きのこ設定では「本当に申し訳ないんですが、そう大きな理由は無い」*14なのでだいぶ違う。

 後は作中作内でのエリザベートの「自分にふさわしい肉体がこの世に生を受けるたび乗り移る永遠の存在」っていう設定がわりとミハイル・ロア・バルダムヨォン

 どうでもいいところだとソドムの街が出てきたりとかもあるけど、まぁこれは関係ないかな……。


『龍臥亭事件』

 御手洗潔が日本を去って一年半。彼の友人で推理作家の石岡は、突然訪ねてきた二宮という女性の頼みで、岡山県まで悪霊祓いに出かけた。二人は霊の導くままに、寂しい駅に降り立ち、山中に分け入り、龍臥亭という奇怪な旅館に辿り着く。そこで石岡は、世にもおぞましい、大量連続殺人事件に遭遇した。推理界の奇才が、渾身の筆致で描く本格ミステリー超大作!

 本棚に置いてあるのは1996年1月に出たカッパ・ノベルス版上下巻。

 御手洗潔シリーズ第10作。御手洗本人はほぼ登場しないので、シリーズ外の外伝作品にカウントされたりもする。

 

 御手洗潔と出会ってから20年弱、あまりにも頭が良すぎる御手洗とずっと一緒に居たせいですっかり知性が退化(御手洗談)して自信を失ってしまった石岡和己の再生の物語。

 知性退化後の石岡くんはまぁ実際魅力のあるキャラではなかったので読み始めた頃はかなりモチベが低かったんだけど、石岡くんが自尊心を取り戻して行くのに比例して読むのも楽しくなってくる。

 『水晶のピラミッド』『アトポス』同様に今回もまた歴史小説パート200ページ分が作中に挿入されているのは最早いつものこととして、冒頭に置かれていた前2作と違っていよいよ解決編が始まるぞというタイミングで来るので「早く解決編見せてくんない!?」って感じになったりもするけど……いや物語上仕方ないのはわかるけど……。

 なんかかなりアホみたいなトリックもあったけど、『眩暈』『アトポス』みたいなバレバレトリックに比べるとたとえアホみたいでも全然予想外なトリックが来る方が楽しくはある。

 あと実は吉敷竹史シリーズとのクロスオーバー作品で「ミチ」というキャラの正体が加納通子だった……というサプライズが含まれているけど、吉敷竹史で読んだことあるのが『奇想、天を動かす』だけ(加納通子未登場)なので特に感想がないのだった。

 これきのこはちゃんと吉敷竹史を読んでいたのかどうか、若干気になる。

 

 きのこ要素は……かなり苦しいけど、都井睦雄臙条巴がちょっと似ている気がする。具体的に言うと、金銭事情で進学できない/学校中退したせいで祖母/両親を恨んでいて、でも祖母/両親を殺した後幸せだった時代を思い出してあの頃の祖母/両親には自分が全てだったって回想する、みたいな……。

 

 

新城十馬

 『蓬莱学園』は『魔法使いの夜』を書いていた頃の奈須きのこがとにかく好きだったというシリーズで、もし小説を投稿するなら富士見書房(というかファンタジア大賞?)だと考えていたらしい*15

 実際はどう頑張っても規定枚数をオーバーしたせいで投稿できなかったわけだけど、仮にこの時ラノベデビューしていたとして現在まで現役作家でいられたかはかなり怪しい気がするので、きのこが小説を紙幅に収める能力を持っていなくてよかったなぁと思いますよね。今でも「前編」「後編」「崩壊編」とかやってるあたりその能力は未だに備わっていなそう。

 ちなみに『蓬莱学園』シリーズの長編作品には本棚に置かれている『初恋』『犯罪』『魔獣』の他に第4作目『蓬萊学園の革命!』も存在するけど、1巻目だけ出して未完で終わっているせいか収録されていない。

 

『蓬萊学園の初恋!』

 蓬莱学園! 東京から2500キロ、南洋に浮かぶ宇津帆島。島ひとつがまるごと学校になっていると思ってくれればいい。海と山、港に飛行場、原発に謎の怪獣…。そして10万人の生徒たち! 一筋縄じゃいかない連中ばかり、一触即発の青春無法地帯。春4月、新入生の朝比奈純一は、学園遊覧の飛行船から覗いた双眼鏡に映った少女に一目惚れ。「あの娘を見つけるんだ!」不屈の情熱(だけ)を武器に、初恋の君を追う純一が巻き起こす、前代未聞のノンストップ・スラップスティックアクション!

 1991年9月に富士見ファンタジア文庫で出版されたライトノベル

 PBM『蓬萊学園の冒険!』の続編として書かれた小説シリーズの第1作目。

 

 これは結構びっくりしたんだけど、読む前に『蓬莱学園』ってタイトルに対して持ってた印象と実際読んだ印象が完全に別物だった。

 具体的に言うと、読む前は「こんな学校に通いてぇ~~~」って感じになる学園モノなんだと思ってたけど、読んだら「こんな学校絶対通いたくねぇ~~~」ってなった。

 二級生徒を魔女裁判で吊し上げて殺すのを娯楽にしてる学校、イヤすぎるだろ……。

 

 きのこ作品要素は特に思いつかないけど、むりやり絞り出すなら社会的弱者に寄り添おうとする感じとか、まぁまぁきのこ作品と『初恋』『犯罪』に共通する要素な気がする。


『蓬萊学園の犯罪!』

 黄金生徒証。蓬莱学園10万人の生徒のうち、ほんのひと握りのものだけに与えられるという特別な生徒証。それはまさに、学園における富と名誉と権力の象徴に他ならない……と、同時に、持つ者の運命を狂わせ、災厄をもたらす――とも言われていた。野々宮雪乃の黄金生徒証をイカサマ博打で巻き上げたソーニャ・V・枯野。黄金生徒証がソーニャにもたらすものは、富か、権力か、それとも災厄か? 『世界でもっとも危険な学園』に展開されるハイパーサスペンス第二弾!

 1992年7月から9月にかけて富士見ファンタジア文庫で出版されたライトノベル

 蓬莱学園シリーズの第2作目。朝比奈純一を主人公にしたシンプルなボーイミーツガールだった『初恋』と打って変わってサスペンス群像劇にジャンル変更した作品。

 

 もっとギャンプルものっぽい展開になってラストはソーニャと雪乃の一騎打ちの騙し合いで勝負が決まったりするもんかと思ってたら、結局最初の1回以外ギャンブル描写ほぼなしで終わったりとか、個人的にはあんまりピンとこない作品だったけどチョイ役のくせに何故か上巻表紙にいたバニーガールが実は斗余栄ですべての鍵を握っていたオチは好き。

 途中まではソーニャと雪乃を中心にして色々なキャラが思い思いの行動を取る群像劇だったけど、最終的には『初恋』と似たようやものやんけ、みたいな。

 どうでもいいけどあらすじが完全にウソなのはちょっとどうかと思う。作中のソーニャと同じ気持ちを読者が味わえるギミックとしてある意味成立していなくもないけど……。


『蓬萊学園の魔獣!』

 学園非公認新聞〈外套と短剣〉編集主幹、テオドール・ザールウィッツは追われていた。学園を大混乱に陥らせた陰謀の張本人として。それは限りなく濡れ衣に近いものではあったが、事実は彼の苦難の助けにはなってくれない。金もなし、頼るべき仲間もなし、そんな彼が手に入れた最後のチャンス、とびっきりの特ダネとは? 横倒しになった電車が写った一枚の写真――その胴体に穿たれた巨大な爪痕! 蓬莱学園の秘境、南部密林に、何が潜んでいるというのか? 生徒数10万人の巨大学園に展開される、ハイパーサスペンス第三弾!

 1993年11月から1994年2月にかけて富士見ファンタジア文庫で出版されたライトノベル

 蓬莱学園シリーズの第3作目で、今回のジャンルは怪獣映画。

 

 『犯罪」のサブキャラだったテオドールが主人公になり謎の怪獣を追う第一話、音楽教師の山根宵子が主人公になり謎の少女と交流する第二話、その2つのストーリーが合流する第三話の三部構成。

 1話2話が200ページ前後あるのに3話は80ページくらいしかないのでなんかすごいバタつきながら終わった印象だけど、考えてみると『初恋』も『犯罪』もラスト急にバタバタして終わった気もするのでそういう作風なのかもしれない。

 どうでもいいけど、Amazonとかに書いてあるあらすじ(「BOOK」データベースより)では「ハイパーサスペンス第三弾」が「サイバーサスペンス第三弾」に誤植されてサイバーパンクか何かっぽくなっている。 

 

 きのこっぽい要素は早良悠季が語るガイア理論とか、「ボクたちは皆、等しく星の子供なんだ」「その中から全宇宙を意味で編み上げるべく、ガイアは……」あたりが若干それっぽいような気もする。

 

 

竹本健治

 本棚には『匣の中の失楽』『狂い壁 狂い窓』『腐食』『カケスはカケスの森』『殺人ライブへようこそ』『閉じ箱』『闇に用いる力学 赤気篇』『闇のなかの赤い馬』と智久・類子シリーズの2~4作目、ウロボロスシリーズの1~2作目で全13作置かれている。

 シリーズもので巻数がかさんで10冊20冊置かれている作家は他にもいるけど(島田荘司とか森博嗣とか)、単巻メインで10冊以上置かれているのは竹本健治だけなので割とスペシャル感がある。

 きのこ曰く「最初に受けた衝撃(『十角館の殺人』)を軽く超えてくれた特別な人」*16らしい。ただ同じインタビューで目指す方向が別だと分かったとも言ってるので、読者として好きなだけでフォロワーな訳ではない……みたいな感じっぽい。

 具体的にどういう方向性を指しているのかはよくわからないけど……。

 

匣の中の失楽

 探偵小説愛好家の仲間うちで「黒魔術師」と綽名されていた曳間が殺害された。しかも友人のナイルズが現在進行形で書いている実名小説が予言した通りに……。弱冠22歳の青年が書いたこの処女作は、推理小説史に新たな頂点を画し、新本格推理の原点といわれる伝説の名著となった。現実と非現実の狭間に現出する、5つの〈さかさまの密室〉とは!? 綾辻行人氏推薦。

 初出は1978年7月に出た単行本だけど、本棚に置いてあるのは1991年11月に出た講談社ノベルス版。

 著者の代表作でもある単作ミステリ小説。後述の『虚無への供物』と並んで四大奇書と呼ばれたり呼ばれなかったりしている。

 

 個人的には同作者の同系列作品『ウロボロス偽書』の方が後発な分だけ物語の複雑さが増してて面白かったけど、こちらの方がシンプルな分作品としてのまとまりが良くて完成度が高い気もする。 

 

 きのこ作品への影響はは……強いて言うなら前章が作中作になってる構成が『終末録音/the Garden of oblivion』とか近いような気もするけど、ちょっとこじつけすぎるか。

 どうでもいいところだとエーテルに関する蘊蓄(エーテルは存在を否定することも検証することもできない仮説)に第五仮説要素エーテルへの影響を感じるような、感じないような……。

 あとは作中で解説された囲碁用語「コウ」が歌月十夜のゲーム内クイズで一般教養問題として登場しているとか。

 

『狂い壁 狂い窓』

 昭和初期産婦人科病院だった古びた洋館アパート「樹影荘」。壁から無数に湧いてくる虫。部屋を覗く蝋面、投げ入れられたマネキンの首、埋められた屍体。やがてどこからともなく床を踏むかすかな軋みが! 相次ぐ怪事件、住人六組に迫りくる恐怖。建物全体に蠢く妖気と充満する狂気。史上最も怖いミステリの傑作。

 初出は1983年4月に出た講談社ノベルス版だけど、本棚に置いてあるのは1993年5月に出た角川文庫版と2018年3月に出た講談社文庫版の2冊。

 精神病理を題材にしたシリーズ・狂気三部作の第3作目。

 

 1作目2作目の『将棋殺人事件』『トランプ殺人事件』は本棚に置かれていないと思うけど、少なくとも『将棋』は『空の境界』への影響を感じる(具体的に言うと完全にネタバレになるけど、二重人格で殺人鬼の女子高生ジャン・コクトーの詩を引用するあたり)ので三部作まるごと読んでみるのも面白いかと。(『将棋』『トランプ』に加えてその前作『囲碁殺人事件』の3つ合わせて牧場智久&須堂信一郎シリーズとかゲーム三部作とも言う)

 個人的にはラストの雰囲気がめちゃくちゃ物悲しいのが結構好き。楢津木刑事、なんか他作品にゲスト出演してるらしいんだけど、そ、そんなことしていいキャラじゃなくない……? あいつのせいでかなりひどいことになっとるが……。

 ところでこの作品で何が一番気になるって、智久とくっついたはずの一色緋沙子『凶区の爪』以降影も形もなくなってることなんだけど……どうなったの? 知らないところで死んでたりします?

 

 きのこ的には本棚に2冊置いてある時点で相当のお気に入り作品っぽいし、実際「芸風に影響を与えた作品(青年期)」として名前を挙げられてたりする(少年期が「菊地秀行作品全般」、制作時代が「今のことはわかりません」なので単独でタイトルが出てくるのはかなり扱いが重い)*17あたり、前述の「『十角館の殺人』の衝撃を軽く超えた」というのはこの作品を指しているのかもしれない。

 正直この作品の某トリックが『十角館の殺人』よりインパクトあるかと言われるとかなり首をかしげるが……まぁそのあたりは個人の趣味の問題だから……。


腐蝕

 薄らと浮きでた黄ばみ。それは蛞蝓が這うようにがゆっくりと進んでいった――。少女ティナの周囲に鳥膚が立つ奇妙な異変が起こり始めた。赤い斑点の血癰蛾が舞う。薄闇から正体不明の黒い影が見つめている……。そして不可思議な集団消失。人が消え、都市が崩壊する。すべてを巻き込む異変――。その侵蝕はゆっくりと、しかし着実に進んでいった。逃げなければ。とにかく逃げなければ。鬼才が贈る幻のホラーSFの大傑作。

 初出は1986年10月に新潮文庫から出た『腐蝕の惑星』だけど、本棚に置いてあるのは改題されて1994年10月に出た角川ホラー文庫版『腐蝕』。

 元々はSF小説として出版されたけど、ホラー小説としても読める作品だったので後付でSFホラー小説だったことになったちょっと複雑な来歴の作品。

 

 2002年のインタビュー*18できのこが「読んだことのあるSFは『星界の紋章』だけ」って言っていたの考えると、これを読んだのはこのインタビュー以降って可能性もあるけど、まぁSFじゃなくてホラー判定されたとか、単にきのこが忘れてただけとかかもしれないので今回入れておく。

 内容的には、現代で言えば『マトリックス』(前半までのネタバレ)みたいな系統の作品。今見ると「あーこういう系ね」って感じだけど、1986年当時なら新しかったんじゃないかという気がする。前年に『メガゾーン23』が出ているのでそんなでもないような気もする。

 ちなみに、2007年に続編『連星ルギイの胆汁』が発表されているらしいんだけど、電書限定で今は販売されていないのでどうやっても読むことが出来ない。きのこが読んでいる可能性はそれなりにある気はするけど……。

 

 作中に「人類史を統合するために作られた99%がCPUで構成されている情報集積惑星」っていう設定が出てくるの、ちょっとムーンセルっぽく見えるんだけど……どうなんだろう。

 「新納一哉が一番最初に持ってきた企画書に『電脳世界』『月で発見された太陽系最古の物体』等のワードがあった」*19ってあたりからムーンセルの設定って完全に新納一哉主導のものだと思ってたんだけど、意外とそうでもないのかな。

 そもそもその星が作られた目的って「宇宙各地に散らばった人類の文化が各星々でバラバラにならないようにするために一箇所に集めておく」とかなので字面以外は全然ムーンセルに似ていないような気もするけど……。

 あとは『Fate/EXTRA』で言うならそもそも前述の『マトリックス』展開が聖杯戦争予選パートとかもあるか。


『カケスはカケスの森』

 あることで気落ちしていたあなたは、自らを励まそうと、幼馴染みの真澄に誘われるまま、怪奇幻想文学作家・故鳥飼征流の住んでいたベルギーの古城で、夏休みを過ごすことにした。しかし、楽しいはずの旅行も、いつしか異様な連続殺人という惨劇に擦り替わっていく。それは、あなたが謎の少女を目にした瞬間から始まったのだった…。古城にまつわる戦慄の秘密とは。鬼才が二人称(あなた)で綴る、奇想推理長篇。

 初出は1990年7月に出た単行本だけど、本棚に置いてあるのは1993年12月に出た徳間文庫版。

 続編?として『ツグミツグミの森』という作品も出ているようだけど未読。一応関係はあまりないらしい。

 

 これは……よくわかんなかったな……。

 途中まで主人公が"あたし"と"あなた"の二重人格で"あたし"が犯人だったって話かと思ってたけど、それだとトマトの接ぎ木がおかしくなるし……。真澄の方が二重人格、麻耶はそれをわかってて少女の絵を描いたってことでいいのか?

 

 きのこ作品に関連する要素はキチガイナスビ(チョウセンアサガオ)、カリヨン、キリエ・エレイソンあたり。

 チョウセンアサガオは普通に考えればこの作品じゃなくて姑獲鳥の夏ネタ。

 「封印指定本拠地の天文台カリオンに鐘撞堂(カリヨン)がある」って設定が出てきたのはかなり最近だけど、『事件簿』最終巻後書きに『まほよ』用の設定だって話が出てるあたり裏設定としてはかなり古そう(少なく見積もってもミリョネカリオンの名前出した時点では考えてあっただろうし)なのでこの作品から取られてても違和感はない。

 キリエ・エレイソンは結構印象的な扱いをされているので元ネタでもおかしくはないと思うけど、偶然被って全然おかしくない範囲ではある。

 あとは主人公たちが日本の夜は明るすぎるって文明批判するくだりとかちょっと『まほよ』っぽい。


『殺人ライブへようこそ』

 高校二年の武藤類子は、剣道部に在籍する、可愛い現代っ子だ。三年ぶりに偶然出会った先輩の高杉に連れられ、彼がマネージャーをしているというバンド“パルス・ギャップ”のメンバーや、スタジオ・ミュージシャンの速水果月に紹介された。数日後、すっかり親しくなった彼らが、一人暮らしを始める類子のため、引っ越しを手伝いにやって来ると、まだ誰にも番号を教えていないはずの電話のベルが鳴り始めた!

 初出は1991年6月に出た徳間ノベルス版だけど、本棚に置いてあるのは1996年4月に出た徳間文庫版。

 後にゲーム三部作のメインキャラ・牧場智久とタッグを組むシリーズキャラクター・武藤頼子のデビュー作。

 

 これはまぁ……武藤類子のデビュー作じゃなかったら別に読まなくていい作品だと思うんだけど、無理矢理褒めるなら女主人公でヒロインも女キャラっていう百合感、一周回って今風のような気もする。

 まぁそう読むには同性愛者の扱いがめちゃくちゃ雑っていう問題もあるけど……(これは後述の『妖霧の舌』も同じ)

 どうでもいいけど、あらすじだけ読むと電話をきっかけに殺人事件が始まるようにしか見えないのに実際は何も関係ないのはちょっと面白い。

 

 きのこ的には多分、男口調で喋るクールな美女・速水果月が両儀式のモデルになってる……のか?

 さすがにそれだけで『空の境界』の元ネタと言いはるのは無理があるとも思うけど、なんか前述の『将棋殺人事件』から「二重人格で殺人鬼の女子高生」、この作品から「主人公にべた惚れな男口調で喋るクール系ヒロイン」あたりを抽出してミックスするとちょうど両儀式になるような気がするんだよな。


ウロボロス偽書

 竹本健治が連載を始めた本格推理にいつの間にか殺人鬼の手記がまぎれこみ始めた!奇々怪々な超ミステリー。

 何年かに一度、評論家を困らせてしまうような、奇妙な厚みを持った本が出る、不可解、奇妙、分類不能。しかし、その不可解も、奇妙も、分類不能も、読み手にとって、決して不快ではない。そういう本がある。本書は、まさしくそういう本である。妙なリアリティと、妙な非現実感。循環する無限の時間を象徴する、自らの尾をくわえた蛇「ウロボロス」という本書のタイトルの意味に、読了語、読者は気づくであろう。――夢枕獏

 本棚に置いてあるのは1991年8月に出た単行本。

 竹本健治の代表作の一つ、ウロボロスシリーズの第1作目。主人公・竹本健治を始め綾辻行人小野不由美などの実在人物たちが登場するパート、その竹本健治が連載している作中作「トリック芸者」パート、竹本健治の連載原稿になぜか混入している殺人鬼の手記パートの3つが並行して進む構成が特徴。

 

 序盤はシンプルに進んでいたストーリーが段々複雑になっていって下巻に入ったあたりから加速度的にわけわかんなくなっていくのが楽しい。個人的には竹本健治作品の中でこれがぶっちぎりで一番面白かった。

 気を抜くと本当に現在地点がわからなくなるので、本気で読むならメモを取るのが一番いい気がする。僕はまじめにメモをとりながら小説読んだこと、生まれてから一度もありませんが……。

 注意点として文中に普通に『将棋殺人事件』のネタバレが出てくるので可能ならそちらを先に読んでおいた方がいいと思う。上でも書いたけどあれ『空の境界』の元ネタになっている気がしなくはないし。

 きのこ感想は「現実と虚構の境界を失い、物語に没入することの恐ろしさを思い知った」*20で、『占星術殺人事件』『バイバイ、エンジェル』の感想が全くピンと来ないのに比べるとごくごく普通。

 

 きのこ要素はなんかあるかな……。無理やりこじつけるなら「肉体から脳を取り出して長いコードでつなげる」「ある人間の意識と同一の意識をコンピュータで作る」って思考実験とか、二重人格云々あたりで『空の境界』『Fate/EXTRA』を思い出したけど、どれも軽く触れる程度の扱いしかされてないし。

 一応黒幕として自分の意思が希薄で何もかも受け入れてしまうキャラが出てきて些細な行動で事件をコントロールしているの、要素的にはかなり『絡新婦の理』っぽいんだけど、元ネタもしかしてこっちだったりする……?

 竹本健治の小説を読んでると京極夏彦へ受け継がれていそうな要素をちょくちょく見かけるんだけど、竹本健治京極夏彦奈須きのこの流れがあるのか、竹本健治奈須きのこで直の流れがあるのか、いまいちよくわからない。


『妖霧の舌』

 異常気象で連日霧の立ちこめる東京・世田谷区では、少女誘拐未遂事件が多発していた。武藤類子がパソコン売場を通りかかった時、少女たちが「何よこれ!」と騒いでいる。ディスプレイを見ると「悪魔の警告!」という文字が浮かびあがり、続いて殺人を予告する奇怪な文面が出現。次の日、天才囲碁棋士で類子のB・F牧場知久の周りでも異変が生じた。対局相手の桃井4段が失踪したのだ。さらに世田谷区では12歳の少女が次々と殺されて。桃井の失踪と殺人事件の関連は。智久と類子が挑む連続少女殺人事件の驚愕の真相は?本格推理の鬼才が放つ戦慄のサスペンス&推理書下ろし傑作。

 本棚に置いてあるのは1992年11月に出たカッパノベルス版。

 ゲーム三部作のメインキャラ・牧場智久と『殺人ライブへようこそ』の主人公・武藤類子がタッグを組んだ智久・類子シリーズの第2作目。

 

 第1作目である『凶区の爪』だけなんか置いてないが、シリーズ全体の縦糸(智久の棋士としての苦悩、類子との恋愛劇)には全然絡まない話なので別に読まなくていいような気もする。まぁそれで言うとメインストーリーのひとまずの完結編と言える漫画『入神』も本棚に置いてないんだけど……。

 個人的には智久・類子シリーズの中では『入神』が一番面白かったので、三部作を読んだらそのまま『入神』へ行くのがおすすめです。

 正直この作品自体は推理小説として読むよりは1992年頃のアニメオタク・ヤオイパソコン通信あたりの雰囲気を味わう小説として読んだほうが楽しい気がする。

 

 きのこ作品に結び付けられる要素を何も思いつかなかったんだけど、無理やりこじつけるならパソコン通信についてコミュニケーションの匿名性云々を語ってるあたりに『Fate/EXTRA CCC』のジナコの先駆けみたいなものを感じなくもない。


『眠れる森の惨劇

 北海道函館近郊のミッション・スクール・星辰女子高校は、森と湖、修道女館に囲まれた美しい学園。六月十五日早朝、二年生の朝倉麻耶が、近くの沼で水死体で発見された。麻耶は学園祭の演劇では主役を演じ、男性関係もハデな、全校生が注目するマドンナ的存在だった。さらに、麻耶の死んだ沼の岩に『罪ハ血デ贖へ』という血文字が…。そして第二の殺人事件。悪魔性と少女性の同居した、妖しい少女たちの秘密。「密儀の部屋」とは?「血塗られた祭壇」の謎とは?本格推理の鬼才がトリックを縦横に張りめぐらせた、妖美と恐怖に満ちた全力書き下ろし傑作。

 本棚に置いてあるのは1993年8月に出たカッパノベルス版『眠れる森の惨劇』。上の画像のように光文社文庫版では『緑衣の牙』に改題されている。

 智久・類子シリーズの第3作目。

 

 3部作の中だとこれが一番普通のミステリしてる感じでよかった。

 新キャラの真壁岬がなんかやたらかわいい。パチュリーとかウイとかああいう系の図書館の魔女的キャラで智久と互角以上の探偵能力を持ってるくらい頭が良くて情にも厚いの、今見ても全然いけてる(他にも登場作品があるようだが未読)。

 どうでもいいけど、今作の速水飛鳥と『殺人ライブへようこそを』の速水果月、名字が同じなのに両方知り合いの類子が一切触れないのでびっくりするよな……そりゃまぁ現実世界にはたまたま名字が同じだけの人間なんていくらでもいるけど……これは小説だぞ……。

 ところであらすじに書いてある「密儀の部屋」と「血塗られた祭壇」の謎、何これ?

 

 きのこ要素的には、キリスト教系女子校の寮が舞台で七不思議だの秘密結社だのが出てくる雰囲気がかなり『絡新婦の理』っぽい(直接的に影響を与えているというよりは単に本格ミステリあるあるかもしれない)。

 なので『空の境界』「忘却録音」はともかく『歌月十夜』「宵待閑話」は『絡新婦の理』じゃなくてこっちがモデルの可能性もありえる……かも。まぁ七不思議の扱いの大きさとか考えれば『絡新婦の理』かなぁとも思うけど。こっちは女子寮があるってだけで別に全寮制でもないし。 

 

『閉じ箱』

 信じられない話だが、本格ミステリーファン待望の幻の名作が甦る。鬼才・竹本健治が贈る幻想と怪奇のホラーミステリーの傑作。書下し+13の恐怖。

 本棚に置いてあるのは1993年10月に出た単行本。

 14作のホラーやミステリー、幻想小説が収録された短編集(7本の掌編を連作にした短編が1つあるのでそれをバラしてカウントすると20作収録)。

 

 収録作品の中だと7ページの掌編「恐怖」が出色の出来なんだけど、これワンチャン『DDD』の石杖アリカの元ネタなんじゃないか? 恐怖をなくした主人公、という。親による手術が原因なのも「92年 ある手術」っぽい気もする。

 『DDD』以外だと主人公と友人の関係に『月姫』の志貴とロア(直死の魔眼と偽直死の魔眼)っぽさを感じなくもない(いや、これが元ネタだと言われたらめちゃくちゃびっくりはするけど……)。

 光瀬龍百億の昼と千億の夜』風のSFファンタジー伝奇?「夜は訪れぬうちに闇」は、世界から不幸をなくすため?に楽園を創造しようとしている敵?とそれを阻止しようとする少年(話が抽象的でこの解釈があっているのかよくわからない)とか、「虚数空間」「時空連続体」みたいな言葉選び(どっちも元ネタは『百億の昼と千億の夜』だと思うけど)とかにきのこ作品への影響は感じなくもない。

 あとは「氷雨降る林には」のミラーハウスで親とはぐれた子供のシーンでちょっと『魔法使いの夜』のキッツィーランドを思い出したけど……これは気のせい。

 

 

中井英夫

『虚無への供物』

 戦後の推理小説ベスト3に数えられ、闇の世界にひときわ孤高な光芒を放ち屹立する巨篇ついにその姿を現す! 井戸の底に潜む三人の兄弟。薔薇と不動と犯罪の神秘な妖かしに彩られた四つの密室殺人は、魂を震撼させる終章の悲劇の完成とともに、漆黒の翼に読者を乗せ、めくるめく反世界へと飛翔する。

 初出は1964年2月に出た単行本だけど、本棚に置いてあるのは1974年3月に出た講談社文庫版。

 氷沼家の周囲で連続して起きる怪死は「ザ・ヒヌマ・マーダー・ケース」だとした素人探偵たちが、事件が起こっては4人くらいで集まって解決編やるも不発、事件起こっては解決編やるも不発を繰り返すのが基本的な筋立て。

 

 アンチ・ミステリとして名高い作品で歴史的意義とかは色々あるんだろうけど、基本的に同時代の人間(作中の言葉を使えば「1954年から1955年かけて責任ある大人だった日本人」)に向けて書かれた作品だと思うので、今読んでもなぁという気持ちもなくはない。

 奈須きのこが同じテーマを現代人に向けて語り直した作品としてFGO』2部6章があるし、きのこ以外でもダンガンロンパV3』とかがある。あと僕はやってないけどうみねこのなく頃にあたりも似た感じの系列らしい。

 

 きのこ作品への影響としては……まぁ前段にも書いたけどFGO』2部6章と同系列のテーマを持った作品なので大なり小なり影響を受けていそうではある。

 作中人物が読者を弾劾するっていう構造が同じなだけでベクトル的に『虚無への供物』は現実の悲惨な事件を物語として消費することに、FGO』2部6章物語を消費することそのものに向いてる違いはそれなりに大きい気もするけど。

 あとは原作版『まほよ』に存在した(らしいがゲーム版ではオミットされた)ギミック、「電話口で相手が急に倒れたので電話を切って119番しようとしたが向こうの受話器が上がりっぱなしのせいで電話をかけることができない」*21の元ネタはこの作品の電話不通トリックかも。元ネタというか、80年代くらいの人間にはただのあるあるネタだったのかもしれないけど、よくわからない……。

 めちゃくちゃどうでもいいところだと『MELTY BLOOD Actress Again』で琥珀オシリスの砂勝利セリフに「虚無への供物」ってワードが出てくるとかもある。

 

 

氷室冴子

 本棚に置かれているのは『クララ白書』2冊『アグネス白書』2冊『恋する女たち』『なぎさボーイ』『多恵子ガール』の全7作。

 奈須きのこ氷室冴子の関係については、なんか……僕が知っているだけでも3つの記述がある。

 2004年の「『なんて素敵にジャパネスク』は面白い(特に2巻)と思いつつ他の作品には興味がないという状態が続いていたが、ある日気まぐれに『雑居時代』を読んで果てしなく好きになった」*22

 2013年の「友達の姉に『多恵子ガール』を貸してもらってドハマリ、その後読んだ『恋する女たち』もキャラの立ち具合に感動した」*23

 2017年の「大学生頃に初めて『なんて素敵にジャパネスク』を読んだ時は「文体が軽やかで読みやすいし、キャラクターの思考ルーチンも好み」と評価しつつ平安ものだったためにはまりきれなかったが、その後友人の姉から『さよならアルルカン』『恋する女たち』をすすめられたことでどはまりした」*24

 2004年から2013年までの9年間できのこの記憶が改変されたのか、それとも正しい記憶を思い出したのか、ちょっと判断がつかないけど……まぁ2回言ってるんだから少なくとも「気まぐれに読んだ」より「友人の姉に貸してもらった」の方が正しい気がする。貸してもらった作品が『多恵子ガール』だったのか『さようならアルルカン』『恋する女たち』だったのかは謎。

 個別の作品への影響はもちろんだけど、『空の境界』6章の鮮花とか『Fate/stay night』プロローグの凛みたいな女主人公視点で進むときの文体にも氷室冴子カラーが出ている気がする。

 

クララ白書』 全2巻 & 『アグネス白書』 全2巻

 周囲からは「しーの」という愛称で呼ばれている、徳心学園中等科に通う桂木しのぶ。父の転勤で学園生活3年目にして付属の寄宿舎に入ることになったのだが、そのクララ舎には新入りに対するとんでもない伝統があった。しーのと編入生の蒔子と菊花、3名の新入舎生に課せられたのは、食糧庫破り&ドーナツ45個を作り上げること! やってみせると言い切ったからには成功させなければ…!

 徳心学園の高等科に進学し、寄宿舎もクララからアグネスに移った「しーの」。新しい部屋割りで誰と同室になるかが大問題。本当は親友のマッキーか菊花だとよかったんだけど、舎長のたっての頼みで、及川朝衣なる編入生に決定。それでも新しい友達になれるかもと胸ときめかせていたしーのだったが、現れた朝衣はうわさ以上のとんでもない性格で…。

 1990年4月から1982年10月にかけてコバルト文庫で出版された少女小説

 顔はそれなりだけど純粋にいい奴なので上級生にも下級生にもモテる主人公・しーの、漫画家を目指す気骨のある菊花、狂人のマッキーのトリオを中心にした女子寮もの。

 

 『クララ白書』が中学3年生編、『アグネス白書』が高校1年生編になっていて、僕は『クララ』のほうが好き。

 『アグネス』は途中から主人公がボーイフレンドと喧嘩→仲直りしようとしてすれ違う→仲直りしようとしてすれ違う→(以下ループ)をなんか4~5回くらいくらい返すのがボーイフレンドが可愛そうになってくる上にそもそも普通に飽き飽きしてくるんだよな……。

 でも『アグネス』の方も最後の仲直りの仕方(というより菊花がしーのの何を見て脈があると思ったのか?)はめちゃくちゃいい。

 

 奈須きのこ的には『空の境界』6章「忘却録音」に影響を与えた*25という作品らしい。「女子寮ものは単体で1作書ける題材だったので後悔している」とも。

 でもなんでこれを目指して「忘却録音」になったのかはまったくわからない。

 一応「シスターが電話を取り次ぐのは親類相手の時だけ」みたいなディテールは反映されているとはいえ、主人公(鮮花)の造形は同じ氷室冴子の『雑居時代』の主人公・倉橋数子が近いし、キリスト教系全寮制女子校のドロドロした雰囲気は『絡新婦の理』が近いしで、もう原型が女子寮部分しか残っていない気がする。

 『月姫』『歌月十夜』の浅上女学院の元ネタって言われるならわかるんだけど……。向こうのほうが秋葉・蒼香・羽ピンで三人娘だし、学校内で政治劇やってる要素もあるし(中等部vs高等部か生徒会vs寄宿舎かの違いはあるけど)、寮って呼ばれると寄宿舎ですって訂正されるところとかも似てる。

 あと瀬尾晶の設定、造り酒屋の娘って部分はマッキー、寮内で隠れて(同人)漫画を描いているって部分は菊花がモデルな気がする。しーの要素は生徒会役員なところ?

 そもそも最大の問題として、礼園女学院の女子寮、まったく楽しくなさそうなんだな。どう考えても女子寮を牢獄扱いしていた『絡新婦の理』のほうが価値観が近い。

 

恋する女たち

 あたしには二人の変な友人がいる。何かというとすぐに自分の葬式を出す、死に癖のある緑子がその一人。もう一人の汀子は秀才ではあるが、考えることはまったく訳がわからない人間だ。もっとも、あたしにしても普通の高校生とはいいがたい。この三人がそれぞれに恋をした。そして、緑子はその美貌にもかかわらず失恋し、汀子は相手の男性と旅行に出かけ、あたしもやっぱり片恋のままに……。

 1981年2月にコバルト文庫から出版された少女小説

 主人公・吉岡多佳子と友人の緑子、汀子の恋の悩みや距離感の離れた友情が描かれる。

 

 氷室冴子作品で読んだの、今回の7冊+『雑居時代』上下巻+『蕨ヶ丘物語』の10冊だけだけど、その中だとこの作品が一番好き。

 『クララ白書』の女子寮ものや『雑居時代』の男1人女2人同居ものみたいなわかりやすいモチーフはないけど、物語に通底する主人公の価値観が奈須きのこっぽくて楽しい。人間同士はわかりあえないって諦観を抱えながらそれでも手を取り合えればいいと思ってる感じとか、めちゃくちゃ『空の境界』あたりで見たことあるぜ。

 あと最近『月姫』の旧版やり直して「未成年が当たり前のように酒飲んでる1999年、治安わり~~!」とか思ってたんだけど、この小説では小学生がビールで酒盛りしたり高校生が「こいつはヘビースモーカーだけど自分はただのスモーカー」とか言ってて比較にならないレベルで更に治安が悪かった(いや瀬尾も小学生の頃から酒飲んでたけど、あれは杜氏の家系だから……)。

 『恋する女たち』にしろ『月姫』にしろ、この描写が当時の実態に即していたのかどうか僕はいまいちよくわからんのだけども。

 

 きのこ作品要素は……主人公の部活が茶道部で作中で流し点前を披露したりしてるのがシエル先輩の「わたしだって流し点前ぐらいしか知りませんよ」あたりに影響出ている気しないでもない。シエル先輩どころかきのこも流し点前しか知らなかった説。


『なぎさボーイ』 &『多恵子ガール』

 "男はすべからく泰然と構える"のが理想の俺なのに、体は小づくり、しかも女顔、とどめが名前で雨城なぎさ! 幼稚園で複数の男どもから求愛(プロポーズ)され、今は蕨第一中全校生徒からなぎさちゃん呼ばわりだ。その屈辱の過去の元凶・北里と、ちゃん付けの張本人・多恵子が俺に囁いた。三四郎が恋わずらい!? ――恋に、受験に、揺れる青春前期、肩肘つっぱらかったシャイボーイの、悪戦苦闘のラブコメディ!

 特別な人。たとえば、誰にどんなふうに見られてもいいけど、世間の目なんかかまっちゃいないけど、その人に変に思われたくない、その人の目には、とびきりの自分が映っててほしい。そんなふう? そんな人なら、いる。いるけど。――シャイなクセに肩肘張って、勝手にあたふたしてるあのなぎさくんを、多恵子の目で覗いてみれば…? というわけで、『なぎさボーイ』姉妹編待望の登場です!!

 1984年9月と1985年1月にコバルト文庫から出版された少女小説

 エピソードを一部共有する関連作品(氷室冴子いわく「イトコ関係」「兄弟編」)として1984年6月の『蕨ヶ丘物語』、1988年11月の『北里マドンナ』もあるけど、そちらは本棚に置いていない。

 

 テーマ的には『恋する女たち』とかなり連続性がある感じ(間に出版された作品を『蕨ヶ丘物語』しか読んでないのでかなり適当な言い分になるけど……)で、『恋する女たち』の方では軽く触れるだけで終わってた「より顔や頭や性格がいい人間は他にいくらでもいるのに何故相手のことを好きになるのか」「人間同士はわかりあえない」が発展して掘り下げられているのが続けて読むとちょっと面白い。

 特に後者については『恋する女たち』ではセリフで語られているだけだったのが、今作では作品構成そのものでテーマを体現するようになった感がある。

 具体的に言うと、なぎさ視点で進む『なぎさボーイ』と多恵子視点で進む『多恵子ガール』で同じ場面でもお互いに考えていることが全然違うの。

 『なぎさボーイ』のラストシーンとか、なぎさが「やれやれこれで一件落着だぜ」くらいの気分を出しながら物語が終わってるのに、多恵子にとってはマジでもう何一つ終わってなくて300ページ中200ページ目くらいの出来事でしかないという。

 「人間同士はわかりあえない」というテーマを強調するためになぎさとあまりにも似た者同士すぎて何もかも理解し合えるサブヒロイン槇修子が逆説的に登場した結果、なんか多恵子よりかわいくなってるのは若干事故っているような気もするけど……。

 そんな槇ではなく自分とは全然違う多恵子を選ぶなぎさというラストは、黒桐と式(+臙条や白純)と通じるものがあるかもしれない。

 

 あとはなぎさの部活が陸上部でやってる種目が棒高跳びなのも臙条や士郎への影響を感じなくもない。臙条はともかく士郎の方は「やってる部活は弓道部だけどヒロインとの思い出のエピソードは走り高跳び」という部分に若干よくわからなさを抱えていたけど、そういう文脈がある……のか?

 なぎさが棒高跳びに失敗し続けている所を多恵子が遠くから密かに見守っているくだりとかかなり似ている気がする。まぁなぎさがいつか跳べると思いながら挑戦しているらしい(のに多恵子は感銘を受けている)のと違って、士郎の方は飛べないとわかっていながら挑戦してる(のに桜や凛はショックを受けている)という違いはあるけど。

 

 

麻耶雄嵩

 本棚には『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』『夏と冬の奏鳴曲』『痾』の3作が置かれている。

 これも有栖川有栖と同じでインタビューできのこが名前を出しているところを見た覚えがない。

 まぁ僕も別にあらゆるきのこインタビューを読めているわけではないので確かなことは言えないけど、少なくとも綾辻行人とか笠井潔みたいに事あるごとに影響を公言されているような作家ではないと思う。

 

『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』

 新本格推理の最終兵器,22歳の鬼才誕生!死体は常に首を切断され,更には足を切られ顔を白く塗られて発見された.今鏡家の館<蒼鴉城>を襲う血の惨劇! 綾辻行人法月綸太郎氏絶賛のゴシック新本格

 本棚にあるのは1991年5月に出版された単行本。

 麻耶雄嵩のデビュー作で、シリーズ探偵・メルカトル鮎と木更津悠也の初登場作品でもあるミステリ小説。

 

 アンチミステリ・メタミステリとして有名な作品だけど、発表された1991年ならともかく30年経った今読んでも特に斬新さは感じられない。同じような系列でも『虚無への供物』『匣の中の失楽』のアンチ・メタは今読んでも結構いけたんだけど……。

 ただまぁその辺りを除いてもアホみたいなトリックとかアホみたいな見立てとかがあるので純粋に楽しい作品ではある。

 

 一応アナスタシアの関連作品だとも言えるけど、きのこ鯖じゃない以上関係はないかな……ただアナスタシアFGO』2部序章でカルデア全滅させる重要サーヴァントだと考えれば、設定担当が東出祐一郎単独なだけでサーヴァント選定段階ではきのこ意志が入ってる可能性も否定できない気はする。


『夏と冬の奏鳴曲』

 歪んだ館が聳え、たえず地が揺れ、20年前に死んだはずの女性の影がすべてを支配する不思議な島「和音島」。真夏に雪が降りつもった朝、島の主の首なし死体が断崖に建つテラスに発見された。だが殺人者の足跡はない! ラストの大破局(カタストロフィ)、メルカトル鮎のとどめの一言。……ミステリに新たなる地平を拓く奇蹟の書。

 本棚にあるのは1993年8月に出版された講談社ノベルス版。

 麻耶雄嵩の長編第2作目で、メルカトル鮎が登場する。

 

 メルカトル鮎、あらすじにもあったから普通に書いてるけど、割とネタバレじゃない? 主人公・如月烏有とヒロイン・舞奈陶璃のどちらが探偵だと思ってる所に急に作中に木更津悠也の名前が出てきて、じゃあ木更津がシリーズ探偵なのかと思ったらメルカトル鮎が出てきて「お前かーい!」ってオチで完、みたいなのが何も知らず読んだ時に想定できる流れだと思うんだけど……。

 あとこの作品、作中でめちゃくちゃサラッと『そして誰もいなくなった』の犯人と『オリエント急行殺人事件』のトリックをネタバレしてくるので、もし未読でこの本を読もうとしている人がいるなら先にそっちを読んだ方がいいと思う。

 僕は一応アガサ・クリスティの代表作3つのうち2つをネタバレすることで逆説的にもう一作の例のトリックを示唆していると理解したので、無意味なネタバレではないと思うんだけど、この解釈があっているかは知らない。 

 

 主人公がサバイバーズギルト持ちなのは『Fate/stay night』っぽいというか、烏有をまともな方向に寄せると衛宮士郎になる気がする。衛宮士郎、ちゃんと正義の味方への憧れは本物だし(烏有には医者への憧れはない)、ちゃんと正義の味方をやるための魔術の才能もある(烏有には勉強の才能はない)。

 サブタイトルがPARTIVALなように作中でちょっとパルツィファルについても触れている。パーシヴァル、『Fate/Grand Order』の汎人類史版の設定担当は桜井光だと思うけど、初出媒体は『Garden of Avalon』だし、設定も人格も宝具も何もかも別物になった妖精國版パーシヴァルはきのこキャラだろうし、まぁこの線はなくはないかなぁ。

 あとは「二重人格者は絶対自殺する、いやもう片方の人格が自殺するように仕向ける」って議論するくだりで『2015年の時計塔』を思い出したりした。

 向日葵畑とかも出てくるけどまぁこれは関係ないな……。


『痾』

 大破局(カタストロフィ)のショックで部分的記憶喪失に陥った如月烏有(きさらぎうゆう)は、寺社に繰り返し放火して回復を企る。だが焼け跡には必ず他殺死体が発見され、「次は何処に火をつけるつもりかい?」との脅迫状が舞い込む。誰が烏有を翻弄しているのか? 烏有に絡む銘探偵メルカトル鮎の真の狙いは? ミステリに遊戯(ゆげ)する若き鬼才の精華!

 本棚にあるのは1995年5月に出版された講談社ノベルス版。

 麻耶雄嵩の長編第3作目で、前作に引き続いて主人公は如月烏有。メルカトル鮎と木更津悠也も登場する。

 

 これはなー……めちゃくちゃ気持ち悪くて……序盤とか「よ、読みたくねぇーっ」って思いながら読んでた。まず『夏と冬の奏鳴曲』の時点でめちゃくちゃ気持ち悪いのに、そこから更に別の気持ち悪さを乗せてくるので気持ち悪さが2乗。

 一応最終的には「『夏冬』『痾』の事件を経た上で烏有さんが成長するならアリ、このままならナシ」くらいの気持ち悪さになったけど……どうなの? するのか? 全然する気がしないんだけど、続編らしい『木製の王子』(なんかプレミアついてて2000円とかする)を読んでいないので断言できない。

 どうでもいいけど文庫版のあらすじ「忌まわしい和音島の殺人事件の後遺症で記憶喪失になった如月烏有は、記憶を取り戻そうと寺社に連続放火。」は無駄に面白すぎると思う。上述のノベルス版あらすじは普通なのに。

 

 きのこ作品にこじつけられそうな要素は特に思いつかない。強いて言うなら文庫版解説で「麻耶雄嵩作品といえば切断とその後の接合」って話をするところで切嗣を連想したけど、本棚のは解説がない講談社ノベルス版だし……。

 

 

森岡浩之

星界の紋章』 全3巻 & 『星界の戦旗』 1~2巻

   

 惑星マーティンの平和は突如襲来した宇宙艦隊によって破られた。侵略者はアーヴ、遺伝子改造によって宇宙空間に適応した人類の子孫だという。彼らの強大な軍事力の前に全面降伏の道を選んだ惑星政府主席の決断は、その息子ジントの将来を大きく変えた! SFマインドたっぷりに描くスペース・オペラ大作開幕篇

 『星界の紋章』は1996年4月から6月にかけてハヤカワSF文庫から出版。

 続編の『星界の戦旗』は1巻が1996年12月、2巻が1998年8月にハヤカワSF文庫から出版され続刊中のSF小説。2022年現在6巻まで刊行されているけど本棚に置かれているのは2巻まで。

 正確に言うと2巻は今回の範囲外なんだけど、まぁ一冊だけ後に残しておいても仕方ないのでまとめて。

 

 『星界の戦旗』が10年近くそこで刊行が止まってた4巻でも、第1部完した5巻でも、最新刊の6巻でもなく2巻で止まってるの、不思議といえば不思議だけど、『星旗』2巻の時点でジントとラフィールの話だいたい終わっているような気もする(いや、2巻までしか読んでないけど。本棚に2巻までしか置いてなかったから……)。

 2002年のきのこインタビュー*26ではこれが唯一読んだことのあるSF小説だと語られている。再現本棚内だけでも『マルドゥック・スクランブル』や山本弘の小説が置いてあるので今は普通に読むようになってるっぽいけど。

 ちなみにきのこ評価は「ボーイ・ミーツ・ガールとして面白い」「あとで『SF作家は物語ではなく世界を作る』という話を聞いて人物ではなく世界が描かれているのが面白かったんだと気づいた」らしい。

 僕の感想は「この設定なら宇宙戦争を見せて欲しいのに毎回なぜか地上で銃撃戦始めるのが不満」とかになる(浅すぎる)。

 

 きのこ要素としては、『紋章』1巻冒頭に出てくるオールト雲調査船。本当に名前が一瞬出てくるだけのチョイ役でしかないんだけど、『月姫』頃のきのこが全くSF小説を読んでいないことを考えるとオールトの雲の存在を知ったのがこの小説な可能性それなりにある気がする。

 あと、かなりどうでもいいところだと『月姫』人気投票第2回で 「ラフィールと呼ぶがよい!」がパロられてたりとかもある。

 

 

森博嗣

 奈須きのこいわく「作家界屈指のポエマー。ポエマー的な部分に関しては一番好き」*27らしい。

 森博嗣をポエム作家だと思って読んだことなかったけど、言われてみると確かにめちゃくちゃ頻繁にポエムしている……。

 本棚に置いてあるのはS&Mシリーズ全10作とVシリーズ10作中8作、短編集『まどろみ消去』『地球儀のスライス』の20冊(多分)。

 Vシリーズのうち『捩れ屋敷の利鈍』『赤緑黒白』だけ置かれていない理由は一応思いつかなくもないんだけど、まぁ単なる本棚のスペースの都合とかかもしれない。


すべてがFになる The Perfect Insider

 十四歳のとき両親殺害の罪に問われ、外界との交流を拒んで孤島の研究施設に閉じこもった天才工学博士、真賀田四季。教え子の西之園萌絵とともに、島を尋ねたN大学工学部助教授、犀川創平は一週間、外部との交信を断っていた博士の部屋に入ろうとした。その瞬間、進み出てきたのはウェディングドレスを着た女の死体。そして、部屋に残されていたコンピュータのディスプレイに記されていたのは「すべてがFになる」という意味不明の言葉だった。

 本棚にあるのは1996年4月に出版された講談社ノベルス版。

 森博嗣のデビュー作かつ代表作で、大学教授・犀川創平と学生・西之園萌絵を主人公にした推理小説S&Mシリーズの第1作目。15年間密室に隔離されてほとんど外部との接触を持たなかった天才・真賀田四季博士が殺された密室殺人事件について描かれる。

 

 正直今読む作品ではない気もしなくはない(タイトルの意味、現代人なら一瞬でわかるだろこれ)んだけど、まぁ別にそこがメイントリックってわけでもないし大丈夫かな。

 ミステリー部分を除いてもキャラクターとそれこそポエムを読んでるだけで楽しいと言えば楽しいし、天才経産婦博士系ヒロインの真賀田四季博士とか今見ても全然いけますからね。

 

 もしかしてこの作品の章タイトル、(「赤い魔法」とか「琥珀色の夢」とか「紺色の秩序」みたいな色縛り)、『まほよ』の「青色の魔法」「みかん色の魔法使い」の元ネタだったりする?

 一応『まほよ』原作が書かれたのが1996年12月なので読んでいてもおかしくないと思うけど……。

 レッドマジックの日本語表記が「赤い魔法」じゃなくて「赤色の魔法」だったらもうちょっと確信を持って元ネタだって言い張れたんだけどなぁ。


冷たい密室と博士たち Doctors in Isolated Room』

 同僚の喜多助教授の誘いで、N大学工学部の低温度実験室を尋ねた犀川助教授と、西之園萌絵の師弟の前でまたも、不可思議な殺人事件が起こった。衆人環視の実験室の中で、男女二名の院生が死体となって発見されたのだ。完全密室のなかに、殺人者はどうやって侵入し、また、どうやって脱出したのか? しかも、殺された二人も密室の中には入る事ができなかったはずなのに? 研究者たちの純粋論理が導きでした真実は何を意味するのか。

 本棚にあるのは1996年7月に出版された講談社ノベルス版。

 S&Mシリーズの第2作目。

 

 なんか元々S&Mシリーズの第1作目はこれだったのが「1作目は派手にすべき」って編集者に言われて後回しにされた作品らしいけど、それくらいなんか地味。

 別につまらなくはないし、犀川先生もドン引きする自分の命を娘のために使い切る異常にクールな犯人の設定とかは好きだけど、デビュー作を『すべてがFになる』にした判断は普通に正解だったなぁと思いますね。

 叙述トリックが仕込まれてるけどその存在を読者以外気づいていないせいで作中で誰も解説してくれないのとかも地味。

 

 きのこ要素も何も思いつかなかったけど、強いて言うなら「学問の虚しさを知ることが、学問の第一歩です。テストで満点をとったとき、初めてわかる虚しさです……。それが学問の始まりなんです」ってセリフは『歌月十夜』の「魔術師が一番はじめに学ぶのは、自分たちのやることは全て無駄だと覚悟することらしい」に通じるような、そうでもないような……。

 

笑わない数学者 Mathematical Goodbye』

 伝説的数学者、天王寺翔蔵博士の住む三ツ星館でクリスマスパーティーが行われる。人々がプラネタリウムに見とれている間に、庭に立つ大きなブロンズのオリオン像が忽然と消えた。博士は言う。「この謎が解けるか?」像が再び現れた時、そこには部屋の中にいたはずの女性が死んでいた。しかも、彼女の部屋からは、別の死体が発見された。パーティーに招待されていた犀川助教授と西之園萌絵は、不可思議な謎と殺人の真相に挑戦する。

 本棚にあるのは1996年9月に出版された講談社ノベルス版。

 S&Mシリーズの第3作目。内外が逆転した密室で起きた殺人事件について描かれる。

 

 メイントリックが異常にわかりやすいミステリ小説として有名。もっとも僕は初読時普通にわからなかったんだけど……まぁミステリ読み慣れた今だったら普通にわかってたんだろうなとは思う。森博嗣本人も「トリックは簡単で、誰でも気づくもの」と言ってるけど当時はその水準に達していなかった。

 どちらかといえば作品の肝は名探偵の犀川先生が材料不足で推理できない「天王寺博士は誰だったのか」を読者だけが推理できる(笑わない数学者』っていうタイトルを判断材料にできるので)って点にあるので、ある意味メタミステリな気もする。

 

 『Fate/hollow ataraxia』のキビシスが「袋の表裏を逆にすることで内側と外側を反転させる」って能力なの、この作品のラストシーンの影響かもしれない。

 あと今回読んで初めて思ったんだけど、天王寺博士の喋り方、なんか蒼崎祖父っぽくない?

 ある意味事件の元凶とも言えるポジションなところとか、主人公の名前を知りたがる所とか、身内の呼び方が「あれ」なところとかも似ているといえば似ている。まぁこうして並べてもかなり箇条書きマジックって感じの無理やり感がある気はするが……。

 というか、そもそも原作版『まほよ』の蒼崎祖父があんな喋り方だったのかどうか、まったくわからないんだけど……。

*1:http://kodansha-novels.jp/mephisto/nasukinoko/index.html

*2:ゲームの流儀

*3:TYPE-MOON 10th Anniversary Phantasm

*4:TYPE-MOON展図録

*5:TYPE‐MOON 10th Anniversary Phantasm

*6:魔法使いの夜 オリジナルサウンドトラック

*7:新本格ミステリはどのようにして生まれてきたのか? 編集者宇山日出臣追悼文集

*8:月姫読本Plus Period

*9:ゲームの流儀

*10:空の境界 the Garden of sinners 全画集+未来福音 extra chorus

*11:Fate/complete material V Hollow material

*12:新本格ミステリはどのようにして生まれてきたのか? 編集者宇山日出臣追悼文集

*13:TYPE-MOONエースVol.12

*14:漢話月姫

*15:TYPE-MOONエースVol.2

*16:月姫読本 Plus Period

*17:カラフルピュアガール2004年8月号

*18:COCO SUMMER 2002

*19:TYPE-MOONエース Vol.4

*20:新本格ミステリはどのようにして生まれてきたのか? 編集者宇山日出臣追悼文集

*21:TYPE-MOONエースVol.2

*22:活字倶楽部 2004年秋号

*23:空の境界 the Garden of sinners 全画集+未来福音 extra chorus

*24:ユリイカ 2017年9月臨時増刊号

*25:ユリイカ2017年9月臨時増刊号

*26:COCO SUMMER 2002

*27:ゲームの流儀